2009年06月29日

「わたしの中の家」

わたしの中の家

こんなに遠くに 来てしまった
とおもっていたのに
帰ってきていた
わたしの中の家へ

子どものとき
みえなかったものが
いま みえる

父や母
祖母の
つつましやかな愛

それから 出会えた
やさしいひとたち

――ずっと ここにいてもいいですか

辿りついて
また はじまっていける
わたしの中の家から



「ノート」より

子どものとき、部屋のすみっこに
椅子や座布団などで囲って、
小さなすきまを作るのがすきでした。

じぶんだけの空間に、
すきなおもちゃも運びこむ。
枕もおいて、寝たふりもする。

それから
「ごめんくださいって、あそびにきてね」
みんなに そう言ってまわってから、じっと待っている。

そして、
だれかが遊びにきてくれると とても うれしかった。
じぶんから かくれているのに 待っていたのですね。



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posted by YH at 13:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 詩(家族の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

プール

プール       


雲が話している

 子どもって うるさいね
 ばちゃ ばちゃ
 水を ひっくりかえしてばかり
 水面の しーんと
 張りつめた
 美しさを知らないね

ふうーと 
白いため息をついていたが
やがて
子どもたちがいなくなると

雲は
張りつめたプールを
しーんと 
背泳ぎしていく




「ノート」より


子どものころ、近くの山の、川の堰止めダムのようなところで
泳ぎました。
水の色がうすい緑色でした。

ときどきは 石の上でトカゲのように、身体をあたためました。
遊んでも、遊んでも、水の中は楽しいのですね。
やはり むかしむかし、人間は魚だったのですね。

小学生がプールの用意をして、登校しているようです。
梅雨の向こうは、夏ですね。

posted by YH at 10:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月12日

小さな駅


 先日、用があって 琵琶湖の三井寺の方へ行った折、
ずうっと以前に、社宅として、一年だけ住んでいた家のあたりに立ち寄りました。

最寄の駅は、もともと小さな踏切のある小さな駅だったので、
自動改札以外は、ほとんどそのままでした。
なかでも、かっての時間がそのままだったのは、
道からホームへの、小さな数段の石段でした。

雨が降ると、むかしは駅へ家族が迎えにいったのですが、
それがその石段の場所でした。
持ってきた傘を渡して、雨の中をいっしょに帰る。
いまは、手軽に、どこでも傘が買えますが、
かってはこうして、家族が帰る時間に待っていたのですね。
いま思いますと、無駄なようなことが、思い出深いことだったのですね。

町はすっかり変わっていて、やっとみつけたあたりに、住んでいた家はありませんでした。
大家さんが、亡くなられていたのは、知っていましたが、
ご近所の方にうかがって、大家さんのお名前を辿っていきましたら、
息子さんも若くして亡くなられ、そのお嫁さんさんがお菓子屋さんをしておられました。

その方とは、お会いするのは初めてですが、お声をかけましたら、
どうぞ入ってくださいといわれ、お菓子の並ぶなかで、
遠い日に遡りいろいろお話をしてくださいました。
そのお嫁さんは、私に良くしてくださった大家さんに面影が似ておられ、
大家さんを偲びました。

ひととき、遠い時間を彷徨いました。


   はるかへとほどかれるかたち夏の雲         よしこ




posted by YH at 11:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする