2011年08月12日

一枚の写真

一枚の写真      

父が亡くなった夏、家の門に、さるすべりの花がこぼれ
そうに咲いていた。淡い色の花だった。

お葬式の数日後、花があまりにきれいなので、集まった
者で、写真を撮ることになった。みんなは、玄関の下駄
(父は普段、下駄を履いていた)サンダルなど、思いお
もいに履いて出たのを覚えている。
そして後に、出来上がった写真を見ると、母は父の皮靴
を履いている。
そういえば、母が来ないので、レンズをのぞきながら
「早く 早く」と呼んだ。そのとき、玄関には、他に
履物がなかったのだろう。母は、とっさに残っていた
父の靴を履いたのだ。不格好な足元だ。
しかし、ふと思った。
父も一緒に写真に入りたかったのではないだろうか。
几帳面で、靴は自分で磨き、いつも汚れのない靴を履い
ている父だった。

一枚の写真、みんなかすかにほほ笑んでいる。





「ノート」より
8月16日は、父の命日です。
今年は、23年になります。

子どものころ、
七夕を終えると、笹をもって、父と川へ流しに行きました。
なぜか、いつも、父とふたりでした。

広い川を、願い事を書いた赤や青の短冊が、
まわりながら、ゆっくり流れていきました。
しばらく、みていて、
「帰ろうか」父がそういって、家に帰りました。

当時は、お盆のお供えも川へ流しました。
きっと、川は、現世でないところへも、流れていくのかもしれません。

大人になっても、子どものとき、
スイカや素麺をいっしょに食べた家族、
なつかしいです。

それぞれの方のご家族が、しあわせでありますように。



posted by YH at 15:10| Comment(0) | 詩(家族の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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