2016年09月30日

叔父のこと

7月末、神戸の叔父が亡くなりました。93歳でした。

亡くなる少し前まで、元気で三ノ宮へ、一人で出かけていました。
ところが、亡くなる3ヶ月前に肝臓癌といわれました。
でも、苦しむことなく、みんなに守られ亡くなったそうです。

それで、この27、28日に、叔母を訪ねてきました。
長い間、一緒にいただけに、今は一人で寂しいと言っていました。
私は、一泊だけだったのですが、叔母はいろいろお話をして、
なつかしい時間を過ごしました。

叔母とは、昔、私が小さかった頃、
ひととき、家族一緒に住んでいたことがあります。
叔母は母の妹、叔父は父の弟です。
子どものときの、一緒に映した写真を持っていくとなつかしいと
孫に、PCで、作ってもらうと楽しんでいました。

帰りに、京都で、姉のお墓参り。
姉の好きだった、吾亦紅、コスモス、ルリダマアザミ等を持って。
お墓参りの間、雨は止んでいてくれました。

人生は、足早に過ぎるのですね。
いまになって、しみじみ感じました。
大切なひと、大切なこと、見つめていきたいと思いました。



H28.6.14 182.jpg
カナダでの長い吊り橋


posted by YH at 19:49| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

叔父さまを亡くされ
寂しくなられた叔母さまを訪ねられたのですね。
帰りにはお姉さまのお墓参りもされて・・・

私は不意に
「くまとやまねこ」という絵本を思い出しました。

なかよしだったことりが突然死んでしまい
悲しみを受け容れられず
きれいな色のちいさな箱にことりをそっと入れ
どこへいくにもそれをもち歩くというくまのお話です。

「きょうも『きょうの朝』だね。
きのうの朝も、おとといの朝も、『きょうの朝』って思ってたのに、
ふしぎだね。・・・」
くまはことりにこう言いながらずっとずっといっしょにいられると信じていたのです。

でも 喪うということは
その存在だけでなく
景色も香りも気配も
そこに流れていた空気までも
一変させるものなのですね。


お別れで
失ったものだけがこころを占領しているうちは
誰でも
くまのように家のとびらにかぎをかけとじこもりたい。

だけど残していってくれたものに気づいたとき
きっと歩き出せるのでしょうね。

それは思い出___

その人のことを思い出し
一緒に過ごした時間が共有できるようになったとき・・・

だから 忘れてしまうのではなく
思い出すことが大切なのでしょうね。

そして そのくまも
やまねこと出逢えたおかげで
知らないところへ旅しようって
きっとそれはすてきなことだろうって思えるようになったのでした。

これは 
お話の内容もすてきですが
酒井駒子さんの絵が美しいのです。

もしご存知でなければ
ぜひ手に取っていただきたいと思いました。

大切なひと、大切なこと
みつめられると思います。
Posted by もあママ at 2016年10月01日 17:08
もあママさん

おはようございます。
素敵なコメントをありがとうございました。

叔父に会ったのは、去年でした。
元気に一緒にお食事に行ったりしていたのです。
でも、孫に囲まれて幸せだったと思います。
ありがとうございます。

ただ、私の姉は73歳で、
いろいろ思う事あったのではと思います。

酒井駒子さんの絵は素敵ですね。
タッチや色が、素敵ですね。
書店や図書館で読みますが、
『くまとやまねこ』読んでいないです。
いいお話ですね。
ぜひ、読んでみたいです。
ありがとうございます。

絵本は楽しいのがいろいろありますね。
絵も見ていると、物語を思い出し、
楽しく心引かれますね。
私は、好きな絵本数冊は、本棚に、表紙が、見えるように並べています。
古いのがあるのですよ。1970年代のものなど。
本箱の部屋に行くと、いつも目に入るようにです。
絵本に出会えたこと、幸せだと思います。

もあママさん、お身体はいかがですか。
ご家族もお元気ですか。
これから涼しくなりますから、
少し楽になりますね。

どうぞ、お元気でね。
コメントをありがとうございます。


Posted by はたち at 2016年10月02日 10:01
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