2019年08月05日

山百合忌

先日、「山百合忌」の会が、東京會舘でありました。
鶴見和子氏の会です。
多くの方が来ておられました。

鶴見和子氏は、1918年に鶴見祐輔氏の長女として生まれ、
亡くなられ13年が経ちます。
上智大学外国語学部教授をされていました。
『コレクション鶴見和子曼荼羅』他、多くの著書があります。

その日は、会場には、生前、着ておられた着物が展示されていました。
どれも、美しい着物でした。
黒田杏子先生が、司会をされていましたこともあり、
「藍生」の会から、出席させていただきました。

講話、語りと舞などがありました。
そして、その日、
美智子上皇后様が来られました。
会では、鶴見和子氏のご親戚の方と、食事をされながら話されていました。
お優しい物静かな印象でした。
会が終わり、帰られるとき、周りにも頭をさげられ
ご丁寧なお姿に感動いたしました。

いつだったか、
山の登山口で見た忘れられない美しく力強い山百合の花を思い出しました。




posted by YH at 20:34| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
 
猛暑日が続いておりますが
お身体は大丈夫ですか? 
「山百合忌」のこと興味深く読ませていただきました。

私は数年前テレビのドキュメンタリーで胎児性水俣病のことを知り
大変な衝撃を受けました。

水俣病は公式確認をされたのが1956年で
1962年には胎児性患者の存在が証明されたといいます。
ということは私と同年代の方が
生まれながらにしてこの病の中で
今も生きぬいておられるのだと知ったのです。

その後石牟礼道子さんのご本を読み始め
今までの自分の無知さを恥じました。

そしてなんと
美智子上皇后様と石牟礼道子さんのつながりのきっかけが
この「山百合忌」であったそうなのです。

その後の美智子上皇后様と石牟礼さんの深いこころの交流は
このとき種がまかれたのだということをここで思い出し
はたちさんのブログに感謝しています。


しまい込んでいた石牟礼さんの著作の数々
この夏にもう一度読み返してみようと思いました。






Posted by もあママ at 2019年08月06日 09:22
もあママさん

こんにちは。
コメントをありがとうございます。

石牟礼道子さんのご著書、
沢山ある中、水俣病について、私ももっと
詳しく読んでみたいと思っています。

胎児性水俣病は、当時は認められるまで、
大変な時代でしたね。
当事者の方には、辛い思いだったことと思います。

美智子上皇后様と石牟礼道子さん
「白百合忌」にあったのですね。
私は知りませんでした。

美智子上皇后様は出会いを
大切にされておられるのですね。
改めて思いました。

黒田杏子先生は、いろいろな方との
出会いを大切にされる方です。
私は、詩の方に一生懸命でしたが、
「藍生」で、俳句を、もっと、がんばらなければと思っております。

コメントをありがとうございました。
お暑い日が続いておりますが、
どうぞ お大事になさってください。


  手花火のやはらかき夜つれてくる  よしこ
Posted by はたち at 2019年08月06日 18:01
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