2020年05月28日

詩「カケラ」

  カケラ    はたちよしこ

欠けてしまった
こころ・・・・
このままでいいと思った
でも からだが探しに行くといった

電車の中
草のなか
チュリップの花の中までのぞいたが
こころのカケラはなかった

海へ行った
子どものときの海
砂浜を走る
足跡が追いかけてくる

ふと 前に
青いガラスのカケラが光っていた
角がとれ まるく透き通っていた
思わず カケラを拾った

それから
ポケットの海に入れた
すると こころの
欠けていたところに
少しひりひりしながら入っていった



posted by YH at 09:55| Comment(4) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

こころの「カケラ」
それが
忘れたいカケラ
思い出したくないカケラであっても・・・

からだは探しに行くって言うんですね。

年月は
そんな欠けてしまったカケラたちも
ひとつ残らず受け入れられるように
からだとこころをまるくして待っているのですね。
 
そうですね。
すべてそろって
“わたし”になるのですから。
Posted by もあママ at 2020年05月28日 17:48
もあママさん

こんにちは。
コメントをありがとうございます。

詩への思いをありがとうございます。
いつも 心は欠けているのかも
しれませんね。
そして、いつもカケラを探しているのかも
しれませんね。

先日、一軒隣の、22歳の男の子が
バイクの事故で亡くなりました。
元気で、出会うと大きくなっても
しばらく話し、元気な子でした。
幼稚園の時から知っているのです。

家に遊びに来たり、元気な子でした。
信じられないことでした。
ご両親の悲しみはいかばかりかと思います。

きょうは、夕陽がきらきらしていました。

Posted by はたち at 2020年05月28日 19:04
おはようございます。

バイク事故で亡くなった青年のこと
胸が締めつけられました。

突然のこと
思ってもみないことなのだから
受け止められませんよね。

私も身内をある日突然失いました。

もう10年も前のことです。
しばらくは誰にも話しませんでした。
話せないのではなく
話したくなかったからです。
そのときの気持ちは・・・
誰とも共有できない私だけの悲しみだったから。

その気持ち 
その心の奥底に残された種は
あのときのままだけれど

自分だけの悲しみは
少しづつ形を変えていきました。

今やっと 
“慈愛”という表現でしょうか。

Posted by もあママ at 2020年05月29日 10:49
もあママさん

コメントをありがとうございます。

そうでしたね。
もあママさんから、しばらくしてからお聞きしましたね。辛かったことと思います。

これまでも、息子さんを14歳で亡くされた友人がいます。
あのときのお母様の涙をわすれられないです。

今、ご両親にどのようにお慰めしていいのか
わかりません。
ときどき、お料理を作って、
差し上げていたので、
彼の好きだった物を作って差し上げたり・・
でも、お母様に笑顔がもどるには、
しばらく、しばらく、かかりますね。

人生には、それぞれが持つ長さがあるのでしょうか。
運命というものがあるのでしょうか。
いろいろ改めて思いますね。

もあママさん、ありがとうございます。
だれもが、日々を頑張っていかなければいけないですね。


Posted by はたち at 2020年05月29日 14:05
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