2019年08月18日

60年前の・・・

60年前の、ふでばこを、まだ使っています。
新しい鉛筆を入れたり、
机の引き出しを開けるとすぐにあります。

色は剥げ、少し壊れ、裏に書いた文字も消えかかっています。
なんだかあまりきれいでないですが、
なつかしい、中学時代に使っていたふでばこです。

このふでばこを持って、学校に通っていたのですね。
楽しい時代でした。
勉強もしました。

裏に書いているのは、芭蕉の句ですね。
色などを塗る、三角のビニールに入ったもので書きました。
きっと、この句に、感動したのでしょうね。
半分は消えていますね。

幾度もの引っ越しに耐え、いまも机の引き出しに。
また 洗ってきれいにしたい。


ふでばこ.docx
posted by YH at 15:05| Comment(0) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

円山なのめ『雨が刺さりそうだ』

円山なのめ 詩歌 句集『雨が刺さりそうだ』(揺藍社)

 意外性のことばは、心に強いインパクトを与えてくれます。
 くりかえし読むたびに新鮮なものが広がっていきます。
 2001年 西沢雅野で小説『イボ記』(小学館)を出版。
 今回は、俳句、短歌 詩 すべて入れられた一冊です。 
 読むほどに、心に落ちていきます。 すべて、ご自身で英訳されています。


  向日葵と顔すげ替えて盆踊り

  返り文開けば開く芙蓉かな

  枯野見て帰り今でもそこにおり

  孤独より白くあること残り鷺

  二本足まだくちなわの森を出ず


  上り坂ペダル踏み込む向かい風脱皮するにはいいタイミング

  南天の白きちいさき花散れば泥土にも未知の星図広がる

  欠けたるを嘆くあなたの空のうえ円と円とでできた三日月


そして、詩にも意外な展開があります。

      (略)

  あなたが差してゆこうとする傘は透き通って
  雨が刺さりそうだ
  
        (詩「雨が刺さりそうだ」のラスト2行。)
         他にも心に残る詩がありました。



本名は小林雅野さん。
旧姓は西沢雅野さんで、お母様は西沢杏子さん「虫の落とし文」でブログをされています。
素敵な方です。雅野さんには、お会いしたことはないのですが、雅野さんもきっと素敵な方と思いました。




  

posted by YH at 11:16| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月13日

句集

この夏に、お送りいただいた句集をご紹介します。
お二人とも句誌「藍生」の会の方です。
お二人には、お会いしたことはないのですが、
句集でお会いできたような思いです。

河辺克美『ポケットに凍蝶』(角川書店)

 押入れの冬の夜空へ抜ける道
 
 花冷えのだいどこ淡き濃き火種

 ほたるいろの夜をしまいこむ冷蔵庫

 チョコレートいろの階段夏隣

 薫風をさわったりかきまはしたり


京都生まれ。2冊目の句集。詩にあるような意外性にハッとさせられました。
いろいろな賞を受けられています。



真部満智子『天辺の鳥』(角川書店)

 梅匂う母の箪笥を開くとき

 古井戸に九月の風を聴くことも

 銀杏散る天狗の黒き鼻の上

 花枇杷の径をいつもの郵便夫

 大年の犬が覗ける水たまり


高松生まれ。詩、短歌、そして、今回の句集のカットは美しい日本画を画かれています。
いろいろな賞を受けられています。

 
 
posted by YH at 19:18| Comment(0) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月05日

山百合忌

先日、「山百合忌」の会が、東京會舘でありました。
鶴見和子氏の会です。
多くの方が来ておられました。

鶴見和子氏は、1918年に鶴見祐輔氏の長女として生まれ、
亡くなられ13年が経ちます。
上智大学外国語学部教授をされていました。
『コレクション鶴見和子曼荼羅』他、多くの著書があります。

その日は、会場には、生前、着ておられた着物が展示されていました。
どれも、美しい着物でした。
黒田杏子先生が、司会をされていましたこともあり、
「藍生」の会から、出席させていただきました。

講話、語りと舞などがありました。
そして、その日、
美智子上皇后様が来られました。
会では、鶴見和子氏のご親戚の方と、食事をされながら話されていました。
お優しい物静かな印象でした。
会が終わり、帰られるとき、周りにも頭をさげられ
ご丁寧なお姿に感動いたしました。

いつだったか、
山の登山口で見た忘れられない美しく力強い山百合の花を思い出しました。




posted by YH at 20:34| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月02日

パソコンが戻りました!

パソコンの具合が悪くなり、3週間直しに入っていました。
ようやく、きょう、戻ってきました。
(新しいパソコンでしたのに・・)

8月ですね。
暑い日が続きますが、皆様お元気ですか。
向日葵の季節ですね。

昔、向日葵を見ると元気が出ました。
若い頃です。
きっと 希望でいっぱいだったのでしょうね。

結婚して、実家に帰ったとき、
帰りに母が、駅まで送ってきてくれました。
駅に、向日葵の花が咲いていました。

一人暮らしの母のことが思われてなりませんでした。
電車が動き出してから、涙があふれて来ました。

いろいろなことがあって、今があるのですね。








posted by YH at 18:07| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月11日

2019年「三越左千夫賞」

本年度の日本児童文学者協会の「三越左千夫賞」は
半田信和氏の『たとえば一人のランナーが』(竹林館)でした。
協会のパーティの時に、はじめてお会いしました。
素朴な方でした。

半田氏は、1958年、福井県生まれ。
写真と俳句を組み合わせた作品が、第回小松ビジュアル俳句コンテストで芭蕉賞を受賞。
他にも、いろいろご活躍の方です。小学校の校長先生をされています。
詩集から、一編をご紹介します。



  ネギ   半田信和


庭のすみっこ
何かのついでに植えられて
そのまま
ほったらかし

なのにいじけず
うすみどりの風に耳をすまし

やがて
小さな声をともす

ネギ
というあり方




posted by YH at 09:49| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月03日

俳句

母と姉もう出会いしか星月夜

時計草触れれば時間止まるごと

万緑にからだを入れて染まりゆく

海へ走るわれも川なり風光る

やはらかきじぶんでいたし燕の子

黄昏は空の裏返し青き風

新蕎麦やうっすら青き恋のごと

こんなにも昔の向日葵小さくない

観覧車夏空の青汲み上げる




また 俳句をを読んでいただきたく、昔のを選んでみました。
posted by YH at 10:43| Comment(4) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月27日

懐かしい句

梅雨空を一枚捲る夏燕

へこみそうなやはらかな闇蛍狩り

ゆっくりと蛍みてきた顔洗ふ

シーツ干す夏空少し狭くなり

蚊帳くぐり青き魚になりにゆく

尖った肩から夏に触れにけり

恋蛍われもまぼろしかもしれぬ

時計草触れれば時間止まるごと 

燕来る心失ひしときさえも    よしこ
   


ノートを見ていたら懐かしい句、また、載せてみたくなりました。



posted by YH at 15:26| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月24日

しとしとしとと・・

梅雨ですね。
きょうは、朝から降っています。
雨の日、ふと、思い出すことがあります。

小学校のとき、
それぞれに、作詞、作曲をするという授業がありました。
そして、先生のオルガンの前で、一人一人が歌うのです。

そのときの一人の子の歌が
いまも、忘れられないでいます。

    しとしとしとと 雨が降る
    きょうは 遠足だったのに

こんな簡単な歌詞でしたが、曲もぴったり素敵で、
私は、いまも、歌えるのです。
友人の顔を覚えているのですが、名前を忘れてしまいましたが、
この歌を、覚えていること、
いまも私が口ずさんいることを
知らせたいです。
もし、知っている方がおられたら、教えてくださいね。
自分が作った歌は、すっかり忘れています。


PS コメントへの返事が、どうしても出来なくごめんなさい。
  また 教えてもらいます。


posted by YH at 08:58| Comment(1) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月20日

パソコンが動かなくなり・・

パソコンがダメになり、新しいのを買いました。
まだ 2年ほどでしたのに、残念です。
突然、動かなくなりました。
ブログに訪ねてくださった方、ごめんなさいね。
今、新しいのに少しずつ、慣れております。
 
ここ2,3日、ふと、本箱で手にした安房直子の文庫本
「ハンカチの上の花畑」「だれにも見えないベランダ」「夢の果て」を読みました。 
この方の作品は、以前から、とても、好きだったのです。
安房直子の童話には、いろいろな仕事をしている人が描かれていると、読んだことがありますが、
本当にそうですね。

読み始めると、作品の中に引き込まれていきます。
いま、児童文学ではファンタジーのものは、少なくなりました。
私は、かって、ファンタジー物を読み、
じぶんでも、書いたりしたこともありました。

新しいパソコンが来るまで、楽しい時間を童話からもらいました。
そして、なにか不思議な力をも・・・。
これは、児童文学で大切なことなのでしょうね。
昔、「若草物語」や「秘密の花園」など、心いっぱいに惹かれ、力が湧いてきましたね。

これからも、昔、読んだ絵本、童話をもう一度読んでみたいですね。
心に残っている物語が多くありますね。



posted by YH at 18:41| Comment(1) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月29日

音読集「風のささやき」

日本児童文学者協会の「少年詩・童謡・詩論研究会」で
5月に、音読集を発行いたしました。

この研究会参加の24人の作品が載っています。
画家の高瀬のぶえさんの絵が、
全作品に入り、
可愛いく、心打たれる作品が多くあります。

会では、
一部100円で売っています。
送料は、申し訳ないのですが、着払いになります。
もしよかったら、お声をかけてください。



IMG_3146 (2).JPG




posted by YH at 10:42| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月17日

俳句

冬の俳句です。
俳句の難しさを、いつも感じます

短いことばの中に、読み手に浮かび来る風景、思い・・
生きること、ふと、思わせてくれるのかもしれません。
冬の句です。



    静けさや時間乗り継ぐ冬の駅


    冬の川冷たき闇を洗いゆく


    木枯らしや琥珀のごと眠る夜


    冬の夜闇を彫りゆく川の音


    冬野来て隠せし翼拡げみる


    埋火に息吹きかける母の顔


    観覧車青き冬空汲み上げる

 
    猫のひげ春の四隅に触れにけり     よしこ



     
posted by YH at 10:24| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

「ある日」

連休をいかがお過ごしでしたでしょうか。
若葉の美しい季節ですね<

いままで、冬木だったのが、葉っぱをいっぱいに。
周りが違ってみえます。
昨日、見ていたら
どこか知らないところにいるような気がしました。

先月、友人と飛騨高山に行きました。
車窓の川のながれ、昔の藁葺きの家、知らないのになぜが懐かしさを感じました。
昔のDNAが蘇るのかもしれません。
人は、遙か昔の記憶を持っているとか・・
何千年もむかし、そっと訪ねてみたいですね。

まもなく ヤマユリが咲きますね。
山の入り口で、番をするように咲いていたヤマユリを思い出します。


  ある日    はたちよしこ


街の中を歩き回り
疲れてしまった
ふと 見ると宅配便の店があったので
入っていた

――わたしを 静かなところに宅配してください
とたのんだ
すると 係の人は
はい わかりました お待ちくださいと

椅子に 座っているうちに
いつか 疲れがとれていった
――すみません また今度おねがいします
というと
はい また おねがいしますと
と 係の人は いそがしくしていた

外に出ると
百合の花が咲いていた
細い葉っぱが 階段になっていたので
登っていくと
白い明るい部屋があった
いい香りがして
きょうが ゆっくり暮れていった


                「小さな詩集」より
posted by YH at 09:19| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月25日

詩「悲しみ」

 先日、テロで多くの方が亡くなりました。
一人一人にご家族がおられたはず、辛いですね。

日本は、まもなく「令和」になります。
これから、世界に平和が訪れることを願っています。


悲しみ   はたちよしこ

戦争があった国
なにもかも 失った人たちが
食べ物を求めて 集まってくる映像が
映し出された

あかんぼうを 抱き
ちいさな男の子の手を引いた母親がいる
分け与えられる わずかな食料から
うばい合うようにして
手に入れた一切れのベーコン
母親は とられないように
いそいで口に入れた

食べてミルクをださなければ
あかんぼうは 生きていけない

けれど
手を引いていた男の子が
くいいるように見ているのに
気がつくと
母親は
口からベーコンをだして
男の子に食べさせた

映像は 変わり
平和な
風景がながれた

子どもたちの
笑い声が きこえる



   『また すぐに会えるから』より
posted by YH at 19:14| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

空港ピアノ

友人と飛騨高山に、旅行をしてきました。
ずっと行きたいと思
っていました。

高山への車窓は、川の流れの美しい風景でした。
桜の樹が多く、まだ、咲き始めたところでした。
高山では、合掌作りの家がいくつもあり、遠い昔を思いました。

旅行者の多くは、外国人で、むしろ日本人が少なく、
ホテルのエレベーターで、外国の年配の女性と一緒になり、
二人きりなので、思わず、英語で話しました。下手なのですが・・
でも、きっと 喜んでくださったかもしれませんね。>



空港ピアノ       はたちよしこ


TVに「空港ピアノ」という番組がある
空港の待合いに ピアノが置かれ
「どうぞ」と書かれているのだろう
通りがかる人は ふと バッグをおいて弾いていく

その日は マルタ島の空港だった
ピアノを弾いていくのは
足を怪我してプロサッカーを諦めた人
元鉄道員だった人 
赤ちゃんを抱っこ紐のまま弾くピアニスト
人々を助けたいというギリシャの医大生
だれもが いつか夢中で弾いている

その一人がいった
ピアノを弾いていると
マイナーことも
ポジティブのことも表現できる
なにかをみつけ 向かい合い
じぶんを広げていけると

ピアノのそばには
出発を待つ人のソファーがある
人びとは聴くともなく聴いている
そして やがて去っていく
けれど いつか 
この空港ピアノを 思い出すだろうか
明るい希望のように



   「小さな詩集」最終号


posted by YH at 19:41| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月31日

「小さな詩集」終刊を


このたび20号をもって、「小さな詩集」は終刊になりました。
多くの方に、読んでいただきましたこと、
心よりお礼申し上げます。

20号といいますと、10年間です。
同人みんな切磋琢磨しながら書いてまいりました。
昨年11月には、いろいろな土地に散らばっている同人が
奈良で集まり、楽しい時間を持ちました。

これからは、
それぞれに、「小さな詩集」の同人だったことを
いい思い出に書いていきたいと思っております。
今号は20号記念で、カラーになっております。

読んでくださった方々、応援してくださった方々、
ありがとうございました。



IMG_2545 (3).JPG
「小さな詩集」最終号
絵は、日本画の高頭信子氏です。
我が家に長い間飾っていた絵です。



posted by YH at 12:05| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月16日

NAOTのリトルストーリー  

昨年4月から、一年間、
「風の道を」のリトルストーリーの詩を、書かせていただきました。
3月の最後です。

毎号、楽しい絵を描いていただいた安福 望さん
ありがとうございました。
ずっと 大切にさせていただきます



https://naot.jp/blog/2019/44459



posted by YH at 10:16| Comment(4) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

俳句への思い・・・続き

「俳句への思い」続き
3回に渡り、長い文を読んでいただいてありがとうございます。
これが 最終です。



私は駅が好きである。知らない場所にいくための玄関と言った人がいるが、
そうかもしれない。
旅なら目的地というより、そこまでの路線に引かれていくことがある。
それは子どもの時からかもしれない。

物語の駅の場面が好きだった。
『アルプスの少女』のフランクフルト駅、
『アンナ・カレーニナ』のクリン駅、『点と線』の東京駅。
東京駅では東京ステーションホテルから駅をみながら執筆したという
川端康成や松本清張。
駅に人はなぜ心引かれるのだろうか。

一時は、駅だけでなく廃線にも心惹かれ訪ねた。
錆び た線路、水の滴るトンネル。
かと思えば、家の前の廃線を花壇に使っているところもある。
風の中に立っていると、列車の走って来る音が聞こえる。
それは、過ぎ去って行ったやさしい音でもあり、
再び心の中にやってくるような音にも思える。
宮脇俊三『七つの廃線跡』や舟越健之助『鉄道廃線跡季候』を読むと
いっそう感じる。
こにも句の思いを感じた。
それは、私を俳句の世界に連れて行っていってくれるのだろう。
俳句に出会えたこと、
いろいろな思いの中に、広い共通点を見つけられたことは、
「藍生」のおかげだと心より感謝の思いでいる。





posted by YH at 10:34| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月09日

俳句への思い・・・続き

前回の、俳句への思いの続きです。
まだ 途中の長いものですが、ゆっくり読んでいただければ、
うれしいです。




以前の事だが、私は原稿を書くとき机の上で鉛筆でいていた。
しかし、今はパソコンを使っている。
パソコンの奥には深い森があり、私はそこを彷徨っているのではと思いながらだ。
そして、そばに丸い手のひらほどの石を置いている。私の好きな石だ。
石の真ん中には白い細い滝がながれている・・。
私はこの石を、猫を飼っていたときの動物病院の医師からいただいた。

そして、お話しをしていて、氏が「水石会」という会に入っておられるのを知った。
「水石会」とは、自然石の美しいものを見つけ出すという会で、正確には、会では「抽象石」と呼んでいる。
抽象石とは定型化されない、山水美にとらわれない、文学でいうと、俳句の世界に通じる石というものだといわれ、
氏が出版されている「抽象石の美」という写真集をみせていただいた。
石のほとんどは、手のひらにのるほどの大きさで自然を思わせるものだった。
そして、その一つひとつにそれぞれ名が付けられていた。

氏と話していた治療室、窓から差し込む光はにぶく、いくつか置かれている石に当たっていた。
そして、氏が「多くの人は、石を立派な台にのせて飾っているが、
私は石は自然のままでいいと思う。
それは、俳句の世界にも似ているかも」とおっしゃったのが忘れられない。

 私はこの抽象石が、氏がいわれたように俳句の世界の表現であり、
全く妥協のないといえるものに通じているのだと思えてならない。
 事実、抽象石を探すにも、長年のくりかえしの中、
やっと佳石に出会えるのだといわれる。しかも稀にである。
何百回の採石の結果、はたして自信のある佳石がどれだけ手元に残るかというものらしい。
見つけ出すこと、それは創作することに似ているのかもしれない。
自他共に佳作というものをいくつ書けるだろうか。
億年を蔵した石。
句や詩という原石を、私は自分の中に探り、

作り出していかなければ、その努力のような気がする。




posted by YH at 18:38| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする