2020年08月13日

テーブル

昨日も今日も、大きな雷と雨でした。
でも、雷のあと、きれいな夕焼けでした。
部屋のテーブルに、夕焼けが、映って
テーブルが、薄赤くみえました。
テーブルは、やや大きな円形(1,2m)で、光っていたのです。

40年前ほど、神戸に住んでいたとき、気に入って、買いました。
テーブルクロスも掛けず、木のままですが、
いつまでも、買ったときのようなのです。
(飛騨の家具の方に、お礼がいいたいです。)

このテーブルで、
家族、友達、そして、亡くなった母も、
みんなで、食事をしたり、コーヒーを飲んだり、
日々、書き物をしたり、
何もしないときは、テーブルには、なにも置かずに、空っぽのままです。
今も、きれいに木目に光を保っています。

もう一つ、同じ部屋に、1,4mのテーブル。
私は、テーブルと椅子が好きなのです。
きっと、なつかしい人たちが座ってくれるのを思っているのかもしれません。

このテーブルは、どこの土地にあった樹なのでしょう。
大きな樹は、テーブルになっても、
じぶんの生まれたところを、憶えているのでしょうか。
きっと、憶えているでしょうね。
私は、ずっと樹のそばにいる気がするのです。



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2020年08月01日

テレビで「にっぽんの廃線100」を見ていました。今は廃線になった路線を走る列車が、心に残りました。
私は、好きで、ときどき、廃線を訪ねたりしたことがありました。
かって書いたエッセイを思い出しました。亡くなった母が、元気だったときです。

          * * * *

「駅がすきだ。知らない場所にいくための玄関、という感じがするから」これは江國香織の『とるにたりないもの』(集英社)の
「駅」の書き出しである。
実は、私も駅や路線が好きである。旅なら目的地より、そこまでの路線に惹かれ行くこともある。
小説でも、駅の場面はずっと心に残っている。
『アルプスの少女』のフランクフルト駅、『アンナ・カレー二ナ』のクリン駅、『点と線』の東京駅など。
そして、もちろんじぶんが住んでいた最寄りの駅、旅で訪れた忘れられない駅もある。

以前、なにかで「人はだれも移動していく習性を持っている」と読んだことがある。
それは 遙かから来て、遙かへ帰っていくことなのだろうか。
私は、おとなになって、ふるさとを離れた。でも、家に帰るとき、母はいつも近くの駅で迎えてくれた。
そして、もどるときは、駅まで送ってくれた。春には、改札口のそばに桜の咲く駅だった。
駅では、特におたがいに、話さなかった。
私は、人はこんな小さな別れをくりかえしていくことを思っていた。

  旅  杉山平一

桜の花は、田舎の小さな駅によく似合う

                       「少年詩論」より
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2020年07月29日

体温が低いとき・・

梅雨空が続きますね。
水害の被害も大きく、心よりお見舞い申し上げます。

コロナウイルスが広がってから、
他にもいろいろと、心配ですね。
私も、家にいることが多くなりました。

昨日は、身体がだるく、体温を測ると、35度2分。
私は、もともと体温が低いのですが、それでも低すぎと、
体温を上げる食べ物を摂ることにしました。
ネットでみますと、ニンジン、レンコン、黒豆、ショウガなどでした。

それで、
ニンジンは   2本薄く薄く切り、サラダ用に。
レンコンは   あり合わせの豚肉などと煮物に。
黒豆は     5時間くらい煮ました。いい黒豆だったのか、釘も入れないのに
        真っ黒に出来上がりました。
新ショウガは  薄く切って酢につけ、梅干しの紫蘇の葉を混ぜて、
        沢山に作りました。土ショウガは、お漬物にかける。

これを、昨日作って、食べました。
夜、体温は35度8分になっていました。
しばらく、これを食べますね。いっぺんに摂っても無理ですね。
少しずつがいいですね。
もし、体温が低い方がいらしたら、試してくださいね。
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2020年07月22日

詩「困った」「夏」「じぶんの予報」

  困った   はたちよしこ

道を訊ねた
ていねいに教えてもらった
それなのに 
また わからなくなった

振り返ると
教えてくれた人が
じっと こちらをみていた




  夏   はたちよしこ

野原は
おおきなびっくり箱
バッタが
飛び出した!!




  じぶんの予報  はたちよしこ

夕暮れ
電光掲示板の文字が流れている

ーー明日の天気は  晴れ

なるほど・・
空は
じぶんの予報をみている






コロナで自宅待機ですね。
気を付けましょうね。
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2020年07月12日

詩「空の青」

神戸に住んでいた私は、
小さいとき、夏になると 須磨の海に行きました。
じりじり熱い砂浜、青い海
前夜は、うれしくて眠れないほどでした。

おとなになって行ったのは
淡路阪神淡路大震災の後。
里の家が全滅で、須磨に証明書をもらいに行ったときです。
そのとき、
一人、駅から、砂浜に出ました。
潮のかおりが、小さいときの海を思い出させてくれました。

私は、3年ほど前まで、2年間ほどですが、プールに通っていました。
そのとき、何人かの知らない人に、きれいに泳ぎますねといわれ、
驚いたりしました。
学生時代の学校のプールには、高い飛び込み台があり、
水泳部が練習していました。有名選手も出ています。
ずっと 以前の詩です。



 空の青    はたちよしこ

飛び込み台から
あなたの身体は飛ぶ
青空から 足を引きぬき
力強い直線になり
プールを流れる雲の中へ

あなたがつくる
水の輪
それから 
あなたは雲をぬけだし
水を 滴らせながら
まだ 空の青に染まった足で
私の方へ 走ってくる


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2020年07月09日

詩 「ふしぎな字」


豪雨が続いています。
被害に遭われた方々、これからも大変なことと思います。
どうぞ 平穏な日々が戻りますように。



   ふしぎな字   はたちよしこ  


「ぼ」という字を かこうとして
「ほ」のてんてんを 3こもつけてしまった

まちがえた!
こんな字はないけれど
わたしだけの字にしよう

みていると
かぜの あしあと
きつねの くしゃみ
木の はなしごえがきこえる

野原のなかを
どんどん
走っていく

ずっと ずっと
これからも 
忘れない
わたしだけの字




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2020年06月30日

ある日のこと

大きな駐車場のぐるりには、
ツツジが、植えられています。
私は、ここで、週に2日だけ、防パトをしています。

そこは、クローバーがいっぱいで、
子どもたちを待つ間に、四つ葉のクローバーを探したりしているのです。

ところが、
先日、植木の清掃の方が、
ツツジ以外の下草を、すべて刈り取っていました。

けれど、ふと、見ると、
ほんの1mくらいの場所だけのヒメルソバの花が残され、
咲いていたのです。

小さな花を咲かせる草のような花ですが、
植木屋さんは、刈り取ることが出来なかったのでしょうか。

そこだけが残され、
コンペイトウのような花が咲いていました。
ありがとうってつぶやきました。
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2020年06月23日

「少年詩の教室」10

先日、「少年詩の教室」10号が発行されました。

児童文学者の畑島喜久生氏が、発行されてきた詩誌です。
少年詩、評論です。


  「子どもの感性的ないのちに届く詩のこころを」

       わたくしたちは、
          子どもの
原初的ないのちの全体性に向け
      いまを生きている
    子どもたちのいのちに
            届く
        詩の言葉を、
         しっかりと 
     書き出していきます 



裏表紙に書かれたことばです。  
畑島氏は、今年90歳になられました。
けれど、ずっとお一人でこの詩誌の編集、発送をされてきました。
印刷関係は、菊永譲氏のお手伝いがあったとのことです。

お歳を考えての終刊だと思います。
けれど、時々は別冊として出していきたいとのことです。

畑島氏は、最近、幼年詩集『いない いない ばあ』(らくだ出版)を出版されています。
楽しく、心に残る詩集です。

もし、ご希望の方がございましたら、
お知らせくだい。
数人の方でしたら、お送りさせていただきます。 



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2020年06月16日

心に残る絵画

アンドリュー・ワイエス(1917ー2009)は、
アメリカの原風景を画いています。
弟の住むオルソン・ハウスでの灰色の風景がとても素敵です。
オルソン・シリーズは、ワイエスの創造の原点を知ることができます。
私は、2010年に埼玉県立近代文学館でその絵をみて、感動し、
ずっと、そのパンフレットの絵をそばに置いています。
画集を買えば良かった。

そして、
アンリ・ル・シダネル(1862−1939)
フランスの画家です。
黄昏の街や庭のテーブルなど身近なものを描いています。
パンフレットの、夜の家と庭とバラの風景は、
何度、見ていても、引き込まれていきます。

そして、
北欧のフェルメールといわれる画家ヴイルヘルム・ハマスホイ(1864ー1916)
色使いが、ワイエスに似ている気がします。
この人の展覧会は、今年、東京美術館であったのですが、
コロナで行けませんでした。

写真を載せたいのですが、上手く出来ません。
ネットか画集でみてくださいね。







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2020年06月07日

宗左近先生

先日、いただいた冊子から、小林純一氏の作品などを読み、
ふと、じぶんなりのスクラップを思いだした。
私は、新聞で、好きなエッセイ、写真など、ふと、心に止まったものを切り取っていた。
それは、1979年のものだったが、小春久一カ氏と載っていたのを
なつかしく見つけ、友人に送った。

そのとき、スクラップに
ふと、見つけたのが詩人の宗左近氏のこと。

1979年の朝日新聞にエッセイ「無の揺らぎが有を生む」を書かれている
「「揺らぐ無」、それこそが、詩と思えてならないのです」と
お父様の思い出を、エッセイに書かれている。
心動かされる文だった。

宗左近氏は、平成18年6月24日に亡くなられた。
かって、船橋市で、現代詩の「宗左近の教室」があったときに、
私は東京に住んでいて、教室に通っていた。
宗氏の詩への思いは深く、私の感覚では届くことの出来ない底深いものだった。
詩集『炎える母』で歴程賞を受賞されている。

ある日、確か、私は、その教室をやめてからだった、
秋原秀夫氏(少年詩の中心におられた)と市川市を歩いていたとき、
バッタリ、宗先生にお会いした。
たぶん、先生のお宅の近くだった。
お久しぶりで、うれしく、はずかしかったが、
多分、ふたことくらいお話した。先生は笑顔だったことが記憶が残っている。

それから、間もなくだった。
「レモン」の詩を、有名な雑誌の巻頭に載せてくださった。

いまは、詩の多くの先生が亡くなられ、
改めて、寂しく、ご冥福をお祈りしたい。
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2020年06月04日

詩「胃」

 胃    はたちよしこ

田と月と書く
こんな美しい字だった

植えたばかりの水田に
月の光が
降り注いでいるのだろうか
それとも
さわさわと実った穂を
月が見つめているのだろうか

しばらく 胃が痛かった
ふと
胃という字を思った

田と月
こんな美しい字だったことに
はじめて 
気がついた

遠い時から
人びとが大切にしてきたもの

こころにも
田があり
月が照らしているのかもしれない





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2020年06月01日

詩「風の中を」


  風の中を      はたちよしこ

ミミズを踏もうとした子を
母親が叱っている
――ミミズに あやまりましょうね

おとこの子は
直立して
――ごめんなさい
と ミミズに 頭を下げている

それから
ふたりは
手をつなぎ
風の中を 走って行った



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2020年05月28日

詩「カケラ」

  カケラ    はたちよしこ

欠けてしまった
こころ・・・・
このままでいいと思った
でも からだが探しに行くといった

電車の中
草のなか
チュリップの花の中までのぞいたが
こころのカケラはなかった

海へ行った
子どものときの海
砂浜を走る
足跡が追いかけてくる

ふと 前に
青いガラスのカケラが光っていた
角がとれ まるく透き通っていた
思わず カケラを拾った

それから
ポケットの海に入れた
すると こころの
欠けていたところに
少しひりひりしながら入っていった



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2020年05月19日

多羅葉の葉っぱ

IMG_5892 (2) (004)葉っぱ.JPG


西沢杏子さんのブログ「虫の落とし文」に
多羅葉の葉っぱに書いた文字が載っていました。
可愛いですね。

西沢さんの童話『はっぱの てがみ』にあります。
イメージがこわれると行けないと思って、載せなかったのですが、
西沢さんのブログに、載っていたので、

皆さまも、ぜひ、葉っぱに書いてお手紙をと思いました。

切手を貼れば、本物の葉書!
     ゆうびんでーす。



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2020年05月13日

八つ手の葉

5月の美しい季節ですね。
花が咲き、葉っぱもキラキラしていますね。

いつも通る道のお宅に、八つ手の木あります。
家からは、たぶん見えない庭の端。
八つ手というのは、なぜか、隅っこにあるのが普通ですね。

が、その日、はじめて気がつきました。
八つ手が、美しい薄緑色の葉っぱを数枚広げていることに。
それも 大きな葉です。
葉は、光に、その黄緑を透き通るように光らせているのです。

特に、見られることもなく、隅っこに植えられている八つ手。
やがて、冬に向けて育っていく葉。
始まりは、こんなに美しいのですね。

子どもの頃、住んでいた家に八つ手の木がありました。
きっと、見られることもなく、美しい葉を広げていたのですね。

だれにでも、ほんとうに美しいときがある・・・・
そうですね。

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2020年05月05日

西沢杏子さんの絵本

はっぱのでがみ.JPG

西沢杏子『はっぱの てがみ』絵・山口まさよし  (子ども未来社)
以前出版されている『おちばのプール』に続くお話です。

 
  もりに はるが やってきました。
  クマの のんきーは のそのそと
  あなから はいだしました


ここから はじまります。どんなことがおこるのでしょう。
いのぶう(イノシシ)が送る ひみつの手紙。

  はじめての てがみ 
  「ぶひ ぶるる るう」
  うなったり

うなりごえが かわいいです。
そして、その手紙は、葉っぱに書かれています。
その葉っぱの種類は 書かれていないのですが、

きっと、タラの木の葉っぱなのですね。
文字がかけるのです。
ラストのページには、葉の形が大きく本物のように 画かれています。 (昔、切手を貼って出したら届きました!)

虫や植物にくわしい西沢さんの素敵なお話です。
絵は、森にいるような雰囲気です。
ぜひ、読んでくださいね。 


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2020年04月29日

松山真子さんの詩集


松山真子詩集『だれも知らない葉の下のこと』こがしわかおり画(四季の森社)

松山さんは、児童文学者協会の「少年詩・童謡・詩論研究会」の仲間です。
ていねいで、心優しい方です。
このたび可愛い詩集を出版しました。ぜひ、読んでくださいね。

  せみ 

とめないで
きょうは ただ
おもいっきり なきたいんだ
 

  くも

あさぐもって
えんぎがいいって ほんとうかな
おれゆうべから ここにいるんだけれど


楽しい作品がいっぱいあります。
こがしわさんの画が素敵です。可愛くなにかを語りかけてくれるようです。

私の書いた帯は、なくてもいいようですが、
向こうから
そっと、のぞいている顔もかわいいですね。
紙質も新しい試みをしてくださったそうです。


ここをクリックしてください。うまく画が出せなくて。
だれも知らない葉の下のこと.docx
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2020年04月23日

新詩集

畑島喜久生  幼年詩集 『いない いない ばあ』(らくだ出版) 絵・水上悦子

   ぼくが
   あかちゃんの
   てを ひらいてみたら
   いっぱい
   ごみを 
   にぎっていました    作品「ごみ」より

 畑島氏の100何冊目かの本になる。教師のための本など、多くの本を出版。現在「少年詩の教室」を発行している。
 この詩集は、小さな子のひとりごとのようなことばなど、思わずほほえんでしまう。氏は現在90歳になられる。多くの活動を
 ご一緒させていただいた。


小泉周二  詩集『たたかいごっこ』(四季の森社)

   そらくん かわいくないよ
   と 突然言う

   そらくん かわいくていいじゃないか
   と 言うと

   そらくん かわいくないんだよ
   と 言い返す

   そらくん まだきみは二歳なんだぜ   作品「反抗期」より

小泉さんは「網膜色素変性症」という難病で、40歳すぎまでは失明しなかったが、後は失明。しかし、その後も、教師として勤め、いまは、お子さん美空くんとのいろいろな出来事を書いている。ラストに「気が付いてみると/それほどぼろぼろでもない自分ががいる」と書いている。ギター、歌もされる。お話をしていると楽しい方です。


白根厚子   詩集『母のすりばち』(詩人会議出版)

   母は よく話をした
   東京の空襲がはげしくなって
   父の田舎である秋田へ疎開
   そんな中でも
   母はいろいろ語ってくれた
   すりばちもその一つだ

       (略)          作品「母のすりばち」

長い詩です。続きは楽しみに。
白根さんとは、詩誌「おりおん」から、いくつもの同人誌で、ずっとご一緒してきた。お父様、お母様、2年前には、ご主人を亡くし、辛い中、平和への思いは強く、がんばっている。この一冊を順に読んでいくと、白根さんの気持ちが、読み手の心に滲んでくる。表紙はお母様の着物。美しい表紙です。


クリックしてください。
絵.docx絵.d絵.docx
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2020年04月16日

詩学

この間から、本棚の整理をしています。
二重に並べているので、
もう、忘れてかけていた本が出てきたり、
楽しい時間でもあります。

その中に、「詩学」があります。
1991年から2001年まで、作品を載せていただいていました。
読み返してみると、恥ずかしくなりますが、
編集の篠原憲二さんには、お世話になりました。
一度、東京で、合評があり、篠原さんにお会いしたことがあります。

このまえ、雑誌に詩を、書かれていたのを拝読したことがあります。
お元気でしょうか。

なつかしい、その中から短詩を2編


  バッタ  

まえへ ならえの
せんとうの かっこうをしている

うしろに だれもいなくても
へいきだった



  ハンガー

衣服に
ちょっと
肩をかしているだけなのに

たよられている誇りが
ほんのり

posted by YH at 13:45| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月11日

記憶

昨日、大きな月の記憶を書いたとき、
もう一つ 忘れられない一瞬を思い出しました。

家の前を、トンボの大群が飛び去るのをみたのです。
大群を作るトンボは「ウスバキトンボ」というらしいです。
海を渡り、北を目指すそうです。
所によっては「精霊トンボ」といわれるらしいです。

きっと、1万もいたかも・・
目前を、飛び去るのは20秒くらいだったかもしれません。
もう10年も前かな。

ふと、没にしていた詩を思い出しました。



  トンボ     はたちよしこ

空いっぱいに
突然
トンボの大群が飛んできた
同じ方向へ
つぎからつぎへと 飛んでいく

たったいま どこから来たのか
どこへ行くのか
何千もが
空を隠すほど いっぱいになって

わたしは 夢中で走って追いかけた

トンボの大群は速く 
あっという間に
飛び去ってしまった

じぶんの行き先を 知っているように

ひとり残されたまま
ほかんとした空を見ていたら
わたしにも
遙か遠くへ 行くところがある気がした

posted by YH at 09:42| Comment(1) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする