2009年04月06日

「四月」

四月

──いま
  「よんがつ」だよ
ちいさな子が おしえてくれた

四月の空が あかるい





『いますぐがいい』より


桜が満開です。
近くの公園に、お花見に行きました。
桜は、風に、ちらちら 散りはじめていました。
満開ということは、いっぱいで、あふれだすことなのですね。

はなびらは、粉雪のようでした。
子どものころは、粉雪が、よく降りました。
雪の降る気配だけさせて、消えてしまうのですね。
けれど、粉雪の中を、走り回りました。

いま、子どもたちは さくらふぶきの中を、
走っていました。

お花見をしている人たちをみていると
みんな 楽しそうでした。
人は、みんな、
しあわせになるために、生れてきているのだと
桜のなかで思いました。

来年も、きっと…

posted by YH at 09:57| Comment(3) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月30日

「空」



青い空の
どこからか
おばあちゃんの声がする
「こんなに どろんこになって」

おばあちゃんは
小さかった わたしを
ひざに のせて
足を ふいてくれた

「鳥は 足をきれいにしているから
 空を飛べるんだよ」

かたくしぼったタオルを
おりかえし
おりかえしして ふいてくれた

足を バタバタさせて
じっとしていない わたし

「さあ もう だいじょうぶ」
背中を ポンとおされて
走りだすと
足は
まほうのように 軽かった

きっと
あのとき
空を 飛べたのかもしれない




『また すぐに会えるから』より


きょうは 青い空ですね。

posted by YH at 08:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

りんご

りんご

わらっている
あかいりんごの
皮をむくと

りんごは なかで
白い
しんけんな顔をしていた




『そばにいるから』ドン・ボスコ社


街は、バレンタインデーのチョコレート戦線。
先日、防犯パトロールで、小学一年生の10人ばかりと帰る道、
一人の女の子が私のそばにくると、
「わたし チョコレートをあげたい子がいるの」と、そっという。
「いいね。だれかしら」というと、
「Aくん、でも、ないしょにしてね」という。

当のAくんは、前を歩いている。
Aくんは、女の子をいじめることもないし、にこにこしている。
同年の他の男の子より、すこし落ち着いているかなって感じがする。
それでも、やんちゃで、
私は、頭突きされたり、なぞなぞで逆手をとられている。

「ホワイトデーには、Aくんはクッキーをくれるかな」と私がいうと、
「もらわなくて、いいの」という。奥ゆかしく、かわいい。
(女の子は空手を習っている)

私はといえば、どの男の子にもあげたい。女の子にもあげたい。
義理チョコでない ほんとうのチョコレートが、
小学校の帰り道にありました。

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2009年01月09日

「白梅」

白梅

祖母は よく 針仕事をしていた
家族の靴下やシャツのほころびも
繕ってくれるのは祖母だった

当て布のついた靴下は
足のうらが ごろごろして
小さかったわたしは ぶつぶつ文句をいった

ある日 靴下を履くと
親指の先が 白い花のかたちに繕われている

──きれいね
わたしの声が祖母に
聞こえたかどうかわからない
祖母は針仕事をしていた

今年も 
白梅がほころびはじめる
まだ寒い空気の中に

新しい靴下を履いているわたしに





「ノート」より


以前、住んでいた家のそばに、ひとり暮らしのおばあさんがおられた。
一階の雨戸の半分を閉め、二階だけで ひっそり暮らしておられた。
庭も手入れされることもなかった。ある夕暮れ、家の前を通ると、
古木の白梅の花が咲いていた。雨戸のそこだけが滲むように明るかった。

これまで、梅の花をなんども見て来た。梅園にも行った。
けれど 梅の花をこんなに美しいと思ったことはなかった。

私は このときはじめて、ほんとうに、梅の花を見たのかもしれない。


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2008年12月09日

「ジャングルジム」

ジャングルジム


── どこへいったかなって
   さがしにきてね
ちいさな子は そういって 
ジャングルジムに 入っていく

なかは迷路
みえているのに とどかない
行き止まっては くぐりぬける
けれど つきぬける明るい空

── いたね
── よかったね

おたがいに 走りまわり
やっと 出会えた
わたしたちは
手をとって よろこびあう



「ノートより」


どこまでも青く透き通った空。
冬にもこんな日があるのですね。
電車の中まで光が入り、車窓はダイヤモンドのように、輝いていました。
ふと、どこか知らない町の、ダイヤモンドの原石を抱いて眠る山を思いました。
いつまでも 原石のままでいい。
車窓は、こんなにきれいなのだから。
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2008年09月15日

「シュパ シュパ」

シュパ シュパ


幼い子が
ソーダー水を飲んでいる

口をすぼめ
顔をくしゃくしゃにしては

__シュパ シュパ シュパ
  シュパ シュパ シュパ

コップを
のぞきこんでいう

そばで 母親が
__はじめて 飲んだのよね
と おしえてくれた

はじめてのおどろき
わたしは
ずっと わすれていた



おとなになって、忘れそうになっているいっぱいのおどろきがある。
いつも はじめての気持ちでいたい。






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2008年09月02日

「風」




だれもいないのに
ぶらんこがゆれている

こどもたちが
かえってしまったあと

やっと 
風の じゅんばんがきて





詩集『またすぐに 会えるから』



公園に、だれもいないとき
ぶらんこに、乗ってみることがあります。

なにももたないで、ぶらんこのくさりだけをもって
ゆれる。
そういえば、すべりだいも 手すりだけをもって 
じぶんをすべらせる。

こどものときって、そのとき、
じぶんをからっぽにして、
たいせつなものだけを にぎっているのですね。

明日は、わたしのたんじょうび。
すれ違いそうな、遠い時間のながれと、宇宙の中で、
この小さなブログを読んでくださった方々、
出会えた心あたたかい友人に、心から感謝。




posted by YH at 10:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月18日

風の中



風の中              


「まって まって!
といって おいかけてきてね」
母親に いうと
ちいさな子は かけだしていく

きゃっきゃっと 
走っては 振りかえる

息を切らし
走ってくる母親を
たしかめては またかけだす

じぶんを愛してくれるひとが
走ってきてくれるのが
うれしくてならない

ふたりは
どこまでも走っていく

(まって まって!
といって おいかけてきてね)

  
詩集『いますぐがいい』


  


つい先日も、こんな母子が、走っていくのをみました。
だれもみんな、この子だったし、母親だったのですね。
きっと これからもずっと。






posted by YH at 08:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月28日

「ままごと」

ままごと


白詰草にすわって
花を摘む

手は
ままごとを憶えている

白い花を
ごはんにしたこと

こころは忘れていたのに


詩集 『いますぐがいい』  
      



ままごとで遊んでいたのは、いつごろまでだったのだろう。
ブリキで出来た小さなフライパンやおなべを、いまでも憶えている。
花や草をちぎって、おなべに入れ、ごはんを作った。

「おいしいごはんが できましたよ」
「はーい」
「いただきます。おいしいね。パク パク パク」
「ごちそうさま」

子どものとき、大切なことをいっぱい、いっぱい話していたのかもしれない。




posted by YH at 06:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月06日

「こぼれる!」

「こぼれる!」

__かみしばいやさんごっこしよう
わたしはいった
ふたりの子は目をかがやかした
__見るのは 十円だよ

はこをさしだすと
子どもたちはうれしそうに
十円を入れるまねをする

__それでは はじまり はじまり
そういって わたしは
はこを
さかさまにしておいた

そのとき 子どもがさけんだ
__あっ おかねが こぼれる

かみしばいが
終ってからも
「こぼれる!」といった
ちいさな子のしんけんな目が
わすれられなかった

詩集 『いますぐがいい』



こどものころ、家の近くに、自転車に道具を載せて、紙芝居屋さんがきた。
紙芝居屋のおじさんは、まず、拍子木(黒光りしていた)をたたく。
カチ カチ カチ… 路地にこの音がひびくと、子どもたちは走っていく。
「かみしばいが きたよ」と、母親や祖母におこづかいをもらってからだ。
わたしが買うのは水飴。
「まきあめを ひとつください」そういうと、おじさんは水飴の入った壺(缶だったかも…)に割り箸を入れ、くるりと巻いて、とろとろの水飴をわたしてくれる。
それを今度はじぶんで、くるくる巻く。
すると 透明だった水飴がだんだん白くなってくる。他にも、抜き飴やおせんべいもあった。
10人余りが集まると、そろそろ紙芝居がはじまる。
時には、お金がなくて蔭からそっと見ている子もいた。
けれど おじさんが文句をいったりしているのは記憶にない。
わたしは、ゆっくりゆっくり 次へと動かされていく絵を、水飴のこともわすれて見ていた。
子どもにはわからなかったが、おじさんはどんな人だったのだろう。
ひょうひょうとしていて、ふっと笑ったやさしい顔を思い出す。

(ところで、わたしは水飴の巻いたのを「まきあめ」といっていましたが、地方によって違うのかもしれないですね)




posted by YH at 06:09| Comment(5) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

「をてがみ」

をてがみ

「をてがみ ありがとう」

五歳の子から
てがみをもらった

「をてがみ」の
「を」

まちがいが
どうしてこんなに
かがやいてみえるのだろう

詩集 『いますぐがいい』より


字を覚えだしたころ「を」という字は、むずかしかった。
「ち」と書いて「と」の下を書く。
そう決めても、なかなか、かたちのとりにくい字だった。
きれいに書けたときはうれしかった。
そんなことを、思い出しながら歩いていたら、ふと スキップしたくなった。
そういえば、スキップも練習した。
なかなかリズムに乗れなくて、右足、左足が、右、右となったり…。
出来たときはうれしかった。
失敗したこと、まちがったこといっぱいあったけれど、出来たこともいっぱいある。
そのたびにうれしかった。





posted by YH at 00:39| Comment(9) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

「いますぐがいい」

いますぐがいい 

──また こんどね
と幼い子にいった

──また こんどとか
  いつかとか いわないで
  いますぐがいい
といわれた

わたしも
いますぐがいい
詩集 『いますぐがいい』より



子どものとき泊りがけで親戚の家に行った。
遊んで、楽しくて、帰るときになって、寂しくてならなかった。
母親に「また来ようね」といわれても泣いたことを憶えている。
大人はみんな、かってはこどもだった。
これからは、楽しくなることばを使いたい。



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2008年03月14日

「あした」

あした

幼稚園の子が話している
「あした あそんだよ。たのしかったよ」
そういってから
そこの子はすぐに
「きのうだった」
と口をおさえて くすくすわらっている
まわりの子もわらっている

詩集 『いますぐがいい』より


子どものころ、夜寝るとき、お気に入りのおもちゃを枕のそばにおいた。
ずっとそばにおいておきたかったから。
そして、あしたもあそぼうと眠りについた。
きっと、早くあしたにならないかなと思いながら。

でもほんとうは、あしたも、きのうも、よくわかっていなかったかもしれない。

それにしても あのころ、ひとときも離せないほど大切だったクマのぬいぐるみやミニカーといつ離れてしまったのだろう。

もう一度会いたい。







posted by YH at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩(子どもの風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする