2014年07月16日

一枚の写真



一枚の写真        はたちよしこ


父が亡くなった夏、家の門にさるすべりの花が咲いて
いた。淡い白に近い色だった。お葬式から数日のこと。
花があまりにきれいなので、集まった数人で写真を撮る
ことにした。みんなは玄関にあった下駄、サンダルなど、
それぞれに履いて出たのを憶えている。
その後、出来上がった写真を見ると、母は父の皮靴を
履いている。そういえば、母が来ないのでカメラをかま
えながら「早く 早く」と呼んだ。そのとき玄関には、
他に履物がなかったのだろう。母は、とっさに父の靴を
履いたのだ。不格好な足元。けれど思った。死んだ父も
一緒に写真に入りたかったのではないだろうか。几帳面
で靴は自分で磨き、いつも汚れのない靴を履いていた父
だった。写真の中で、みんなかすかに微笑んでいる。




「ノート」より

重清良吉先生という方が児童文学の詩の会におられました。
亡くなられて19年になります。
詩論研究会など、いろいろご一緒にさせていただいてきました。

この12日がご命日でした。
毎年、奥様にお便りをするたび、なつかしく、いまも残念です。

父の命日も、もうすぐです。
もう 何年も過ぎてしまいました。
でも 家族のこと、折りにふれて思い出します。

星はめぐっているのですね。
元気でいきたいと思います。
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2013年12月18日

粉雪


粉雪    はたちよしこ

クリスマスカード売場は
人であふれていた

カウンターの端で
青年がクリスマスカードを書いている
通り過ぎるとき
なにげなく見ると

――おばあちゃんへ
・・・・と 書いていた

うつむいている青年の髪は 
ぼさぼさだった

外に出ると
粉雪が降っていた

おばあさん
お孫さんからお便りが届きますね



「ノート」より

きょうは、今年一番の寒さのようです。

子どものころは、クリスマスが楽しみでした。
どきどきしながら眠りました。
翌朝、枕もとにクリスマスの赤い包装紙のプレゼントがありました。

2年ほど前ですが、
目を覚ますと、私の枕もとに紙包みがありました。
サンタクロースからのプレゼント?

けれどそれは、昨夜、寝る前に見たものを、そのまま包んで枕もとに置いていたのです。
笑い話のようですね。
けれど 私はこの一瞬の気持ちをしあわせに思いました。
クリスマス近いときのことでした。


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      ベランダからの朝焼け
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2013年09月05日

シベリアというお菓子

「シベリア」というお菓子をごぞんじですか。
カステラの間に、羊羹が挟まれています。
作り方は知らないのですが、
羊羹を後で、挟むのではなく、始めからいっしょに焼くとききました。
名の由来は、
カステラの部分を、氷原に、羊羹の部分を、シベリア鉄道の線路に
見立てたというのが一説です。
時代と共にお菓子はあったのかもしれません。
どんなものも、ひっそりとその時代を背負っているのですね。

「風立ちぬ」の映画の中にシベリアのお菓子を食べるシーンがあるそうですね。
駄菓子に入るかもしれないお菓子シベリア、戦後、私も子どものときに食べました。
ずっと、心の奥にあります。
何年過ぎても、見ると懐かしく買うことがあります。
もともとは、関西のお菓子でしょうか?

それから、菓子パンに「アベック」というのがありました。
パンとパンの間に、生クリームが挟まれていました。
父がときどき買ってきてくれました。三宮からです。
神戸では、パンやお菓子は流行の先をいっていたのでしょうね。
子どもの時の味、匂い、なにかの折に、なつかしく強く思い出すのですね。
時に、哀しく、寂しいくらい鮮明に。
美しさとういことは、こんな中にあるのでしょうか。
「シベリア」というお菓子もきれいですね。


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        買ってきました。おいしかったです。
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2013年08月03日

秋海棠の花

  秋海棠の花

ーーやさしくて 好きな花
母はいっていた

母が亡くなって
ある日 
奥多摩で 秋海棠の花に出会った

川の流れのそばの
日陰の道に咲いていた

はじめて
花のやさしさに気がついた




「ノート」より
暑中お見舞い申し上げます。

ここ2週間ほど、体調を崩し、しばらくお休みしてしまいました。
今年は、ジムに行きはじめ、元気でおりましたが・・・・
でも、また、水泳で、魚になって元気になってきました。

10年ほど前、青梅線の鳩ノ巣に(奥多摩は2駅先です)
友人と家を借りていたことがありました。古い家で、すぐそばに滝がありました。

そこへ、2年前に訪れ、
秋海棠の小さな根をもらってきて鉢植えにしました。
秋海棠は、新芽を植えてから花が咲くまでに、2,3年はかかるとのことを聞いていましたが、
今年、はじめて花が咲き始めました。蕾から何日もかけて咲きます。
秋には早すぎますね?
なぜか、とても葉が大きく、25センチの長さのものもあります?毎日見ています。



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           道端に咲く花なのですね。
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2013年06月10日

洗濯機

数日前から、わが家の洗濯機の具合が悪くなり、
電源を入れても入らなかったり、2,3度コンセントを差し替えると
また 動き出したりでした。

実は、この洗濯機は、20年になります。
たしかに
いまの新製品は、水の使用量も少なくてすみます。
けれど、これが使える間はと、思ってきました。

しかし、とうとう、その時がと、先日、買い替えることを決心し、
明日、新しい洗濯機が着くことになりました。

けれど、きょうも、洗濯機は回ってくれています。
ひょとして、まだ ・・・
それなのに、長い間、働いてくれた洗濯機を
捨てることが、洗濯機に申し訳けない気持ちになりました。

20年の年月、わが家で一度の修理をすることもなく、
黙々と働いてくれた洗濯機の日々が思われました。
「長い間、ほんとに、ありがとう」思わず、洗濯機にいいました。
そして、写真を撮りました。東芝の製品でした。
そのとき、ハッと気が付きました。それは・・列車に・・

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             列車のようです。仕事を終え、洗濯機の国に帰るのですね。
             窓に明かりが点いています。
         
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2013年03月29日

下駄箱

 下駄箱
   
下駄箱の中の
小さな闇に

きょう 昼間
履いた靴を入れる

ふっと 明かりがついた




「宙」26号

最近、日本手拭の魅力を再発見しています。
絵柄も和風で可愛く、軽く、乾きやすいですね。

きっかけは、ある日のことです。
顔をタオルで拭いたときに、
一瞬痛みを感じ、そのとき、ふと思いついて、手拭で拭きました。
手拭は、顔にすう―と馴染む心地よさがありました。

手拭は、子どものころ、祖母がよく使っていました。
いつも、鏡台のそばに掛かっていた気がします。
髪を梳すときは、肩に掛け、
お掃除や焚火のときなど、髪を軽く包んでいました。
母も、お寿司やおはぎを作るときは、姉さん被りでした。
子ども心に、なにか温かいものを感じていました。

日々の生活の中で、使うものが、
家族の心に温もりを感じられるものだと、うれしいですね。


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2012年11月28日

展覧会

昨日、知人の展覧会で上野に行き、そして、
東京藝術大学美術館の「尊厳の芸術展」を見に行きました。

いまから70年前、日米開戦の影響で、それまで普通の市民生活を送っていた日系アメリカ人が、
アメリカ政府に財産を没収され、12万人が強制収容で隔離されました。
砂漠の中に作られた収容所での生活は厳しく、風雨が吹き込む住宅で、3年以上続きました。
そのとき、砂漠などで拾った木切れ、地中の貝殻で、道具をも作り出し、工夫しながら作ったもの
が展示されていました。
椅子、テーブル、小さな箪笥、動物の彫り物、仏壇、ブローチ 日本人形・・・

未来に希望を持つこと難しい環境のなかでも、前を向いて生きておられた人々、
作られたものは、そのたましいと時間が込められていました。
名前でなく、番号で呼ばれていた日本人でしたが、中には、表札を作り収容所の自分の玄関に掛けておられた方もいました。

 戦後もその人たちは、「じぶんの子どもたちは、アメリカに馴染んで生活していくことが良い」と、
収容所の辛い話しは、子どもには決して話すことがなかったそうです。
それでも作品は物置の隅などにひっそり残り、いま、私たちに語りかけてくれたのですね。


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2012年05月30日

たんぽぽの時間

たんぽぽの時間   

花のあと しっかり閉じ
ふたたび じぶんを解きほどいたとき 
飛び立つじゅんびが出来ていると
たんぽぽの身の上話をきいた

たんぽぽの静かな時間を知った



「ノート」より

久しぶりに、古い「詩学」(詩学社)を取り出し、ぱらぱらと。
何冊かに、載せてもらった自分の詩、いま読むとはずかしい気がしましたが、

1992年の8月号小特集「忘れ難い詩のシーン」に私のエッセイを見つけました。
「美しい夕焼けも見ないで」と吉野弘の有名な「夕焼け」についてですが、
後半、母のことを書いていて、思わず目頭が熱くなりました。

――《略》吉野弘の作品は送り手一辺倒ではなく、読み手のそれぞれの思いにゆだねています。
  半年まえのことです。七十を過ぎ一人暮らししている私の母が、故郷から遊びにきました。母が来たら、こうもしてあげようと、いろいろ考えていたにもかかわらず、自分の日頃のペースの中で、思うことの半分もできないばかりか、母のグチ話さえゆっくり聞けないまま、帰る日が来てしまいました。それでも母は「楽しかった」と繰り返し言っていました。そんな母を新幹線まで見送り、自分もひとり帰りの電車に乗りました。
席に座ると、母にできなかった後悔に、ただ、ぼんやり座っていました。
 これは「夕焼け」の詩とはまるで違うシーンです。けれど、この時も私は「夕焼け」の詩を思い浮かべていました。(略)


もう、20年前です。その3年後、阪神淡路大震災、そして、6年後、母は亡くなっているのですね。これを書いた時は、平穏だったのですね。

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2012年04月26日

ピーマン

ピーマン

だれにも すかれようとなんて
おもっていません

肩をいからせて
胸をはり
なかには
辛口の意見を いっぱいかかえて


『レモンの車輪』より

らくだ出版から『漢字編』が出版されました。『暗算くらぶ』の漢字編です。

「この本は漢字の訓読みを大切にしています。訓読みは日本語本来の意味を
示しているので、訓読みは言葉の意味を理解するのに欠かせない故です。」(本文より)
詩は「肩」の項に載っています。

いま、筍の季節ですね。
筍ご飯を炊く時、醤油など、それぞれの味付けに、
お酒と、少量のオイルを入れます。オイルは炊き上がりを光らせ、さらっと。
いつもは、サラダオイルですが、昨夜はオリーブオイルを。
味に深みがある気がしました。

それから、焼き筍。
直火で焼き、焦げ目をつけ、筍の皮にのせ、お醤油で食べます。
素朴な風味ですね。

そして、木の芽和え。
季節は、食も、楽しませてくれますね。

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2012年02月23日

肩もみ券


肩もみ券    

引き出しを整理していたら
息子が小学生のとき
母の日にくれた肩もみ券がでてきた

色鉛筆で書かれ
十枚が一シートの綴り
裏には「期限は永久」

その息子も 
すでに 社会人
家から遠く離れた地で働いている

こんど 帰って来たら
――はい お願いします
と、渡す
そして 来るたびに券を使おう

でも 何枚かは残しておこう
ふと 思いついて
引き出しを整理したとき
また 楽しくなるように



「ノート」より

防犯パトロールに行く前に、
夕食の玉子や野菜を買い、そのまま校門へのことがあります。

下校の1年生の子どもたちは、私のリュックになにが入っているのか、
興味があり、いつもたずねます。
「玉子」っていうと、「ほんと?」「みせて!」と、
ついに、リュックを押さえたり、あけたり、騒ぎはじめます。

逃げたり、追っかけたり、
そこへ、「おあばさ〜ん」と走ってくる2年生たち。
「いまね、1年生に玉子を割られそうになっているところ!」というと、
2年生のおんなの子もおとこの子も、
リュックをかばってくれます。

しかし、そのかばってくれるおとこの子、
1年生だった昨年は、玉子を割った子!?!

小学校から家へ送る30分の道のり、
子どもたちとのたのしい時間です。


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2012年01月04日

福寿草

福寿草

ーーふくじゅ草に
  いくつもの 花が咲くと
  その年は いいことがあるのよ

そう おしえてくれた
母は
もう いない

力強い茎に
やわらかな花びら

ーーじぶんに 自信をもって
  生きなさい 
そう いってくれた母

新しい年がきて
今年も
ふくじゅ草に
いくつもの 花が咲いている


『また すぐに会えるから』より

新年 おめでとうございます。
どんな時代でも、新しい年は必ず来ますね。
気持ちを新たに、進んでいければと思っております。
どうぞ よろしくお願いいたします。

きょう、台北の友人から「新年おめでとう」と
電話がありました。
私は、30年ほど前、転勤で台北に2年間いっておりました。
中国語を覚えたくて、師範大学の国語中心に通っていました。
ちょうど、その頃に出会った台湾の友人です。
彼女は、当時、台湾大学を卒業したばかりの若いお嬢さんでした。

帰国して、もうずいぶんになりますのに、
「台北に来たときは連絡して」と、ふいに、電話をくれます。
震災の時も心配してくれました。
私の方は、中国語を忘れてしまい、いつも、あたふたとします。
かっての、おたがいの国の歴史を越えて、
親しく思いだしてくださること、うれしく思います。

今年が、みなさまに良いお年でありますように。


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2011年08月12日

一枚の写真

一枚の写真      

父が亡くなった夏、家の門に、さるすべりの花がこぼれ
そうに咲いていた。淡い色の花だった。

お葬式の数日後、花があまりにきれいなので、集まった
者で、写真を撮ることになった。みんなは、玄関の下駄
(父は普段、下駄を履いていた)サンダルなど、思いお
もいに履いて出たのを覚えている。
そして後に、出来上がった写真を見ると、母は父の皮靴
を履いている。
そういえば、母が来ないので、レンズをのぞきながら
「早く 早く」と呼んだ。そのとき、玄関には、他に
履物がなかったのだろう。母は、とっさに残っていた
父の靴を履いたのだ。不格好な足元だ。
しかし、ふと思った。
父も一緒に写真に入りたかったのではないだろうか。
几帳面で、靴は自分で磨き、いつも汚れのない靴を履い
ている父だった。

一枚の写真、みんなかすかにほほ笑んでいる。





「ノート」より
8月16日は、父の命日です。
今年は、23年になります。

子どものころ、
七夕を終えると、笹をもって、父と川へ流しに行きました。
なぜか、いつも、父とふたりでした。

広い川を、願い事を書いた赤や青の短冊が、
まわりながら、ゆっくり流れていきました。
しばらく、みていて、
「帰ろうか」父がそういって、家に帰りました。

当時は、お盆のお供えも川へ流しました。
きっと、川は、現世でないところへも、流れていくのかもしれません。

大人になっても、子どものとき、
スイカや素麺をいっしょに食べた家族、
なつかしいです。

それぞれの方のご家族が、しあわせでありますように。



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2011年06月24日

麦わらぼうし

麦わらぼうし

ゆるやかな坂道を
おかあさんと
小学校二、三年くらいの
兄妹が下りてくる
三人は
麦わらぼうしを かぶっている

旅行にでかけるらしい
わらうたびに
麦わらぼうしが ゆれている

きょうから 夏休み
空に
飛行機雲が
二本のレールを引いている

三人は
おかあさんの
ふるさとへ 行くにちがいない
おかあさんは
もう 少女になっている

すれちがうとき
真新しい
麦わらぼうしのにおいがした


「またすぐに 会えるから」より
この詩は「赤い鳥賞」をいただいた詩集の中にあります。
受賞式にとき、選考委員の砂田弘先生が、
選考経過を話されるとき、この詩を読んでくださったこと、
ずっと忘れられません。

砂田先生は、児童文学では第一人者ですが、
いつもシャイな感じでいらっしゃいました。

お亡くなりになられましたが、折りにふれ思い出されます。
ありがとうございます。

詩の中の、少女のおかあさんは
遠い日のわたしかもしれません。

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2011年06月15日

わたしが子どもだったとき

わたしが子どもだったとき

夕ごはんを食べていると
畳にぽとりとやもりが落ちてきた
父がいう
すべり落ちたのかな
みんな 笑いながら食べ続ける

ちゃぶ台をたたんで片付けると
畳の部屋が広くなって
みんなで ごろんとする
母がいう
床下に 青大将がいるみたい
みんなも うなずく

夜がふけてくると
天井を ねずみが走る
おばあちゃんがいう
きょうは ねずみの運動会らしい
みんなは 眠りにおちていく
のら犬の遠吠えがきこえる

いつも 静かな夜だった




「ノート」より
ベランダで、ずっと枯れたようになっていたあじさいが葉を広げています。
この季節を、じっと待っていたのですね。

実家のあじさいを挿し木したことがありました。
青い海のような色でした。
実家は、もうありませんが、記憶の中の庭はずっとあるのですね。

姉のこと、お心にかけていただきありがとうございました
人は多くの方との係わりの中で、生きていること、
姉とともに、感謝の思いでいっぱいでおります。

お知らせ
「虫の落し文」の西沢杏子さんが
「虫へのオマージュU」写真と詩によるコラボレーション(写真は小池聡)
山形県立「八ヶ岳自然ふれあいセンター」で7月3日より18日まで開催。

「少年詩2010」に「小さな詩集」4を取り上げていただいています。

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2011年04月26日

どこかに

どこかに   

うしなったものは
なくなってしまったのではなくて
ここにないだけで 
どこかにあると
おばあちゃんはいっていた

わたしは
てぶくろやマフラー
いろいろなものを うしなった
そのときいつも いってくれた

ともだちと けんかしたとき
ともだちのことを おもっていることは
うしなっていないこと
だいじょうぶといってくれた

それから
おばあちゃんのいったことが
ほんとうだとわかった

そして いま 
もっともっと それがわかる



「ノート」より
ここ2,3日、菜種梅雨のようでした。
菜の花の咲く頃、しとしとと降るのですね。

でも 菜の花が一面に咲いているので、
明るい雨に感じられるのですね。

子どものころ、菜の花畑に入り、かくれんぼをしました。
なつかしく、菜の花をいただきたくて、近くの畑に入りました。

きっと、この辺に隠れていたのだと
花の中の、かすかな暗がりに、しばらくいました。

なにかやさしい安心感がありました。



posted by YH at 09:48| Comment(2) | 詩(家族の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

夕方

夕方  
 
家族の
洗濯物をたたむ
シーツやジーンズから
やわらかな日なたの匂いがする

シャツに付いてきた陽を
いっしょにたたむ
ふりそそいだ陽を
手早くそれぞれに分けて重ねる

わたしの手は
小さな魔法を使う
夕方のやさしい時間
だれにも知られないで



「ノート」より
子どものときから使っているコーヒーカップが、いまもあります。
色は、コーヒー色、土器のような感じで、6客。
毎朝、使っているのに、割れないでいてくれるのです。
どの地の土で、こね、作られたのか、ふと、思うことがあります。

そして当時、母が使っていた陶器のポットのコーヒー沸かしも残っています。
真っ白で、シンプルな温もりがあります。
ただ、電気コードが布製で、危ないので使っていませんが、
そばに置いています。
遠い、古い物たちが持っている時間があるのですね。

でも、いま、
ニュージーランドの地震被災の方々に、胸が痛みます。
奇跡的に助かっていてほしいと、祈る気持ちです。

posted by YH at 19:36| Comment(2) | 詩(家族の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

短詩 二題


空     

青を
重ねて かさねて

空は いつも
じぶんらしくなろうとしている





じぶんの予報  

夕暮れ
電光掲示板に文字が流れていく
――あすのお天気は晴れ

なるほどと
空は 
じぶんの予報をみている



「ノート」より
昨日は、節分。そして翌日は、立春。
暦の明るさを思います。

昨日は、のり巻を作りました。
母が作ったように、椎茸、高野豆腐、かんぴょう、卵焼き、三つ葉です。
それぞれの地味な素材が、いっしょになって、素朴な美味しさがあります。
この組み合わせは、昔の人の工夫なのでしょうね。

私は、いつものように、切って、話しながら、食べました。
(時流からはずれていますね。すみません)
恵方は、私には、家族や友人のいる方向なのかもしれません。

でも それぞれあっていいのですね。
家族が、平和で、たのしい日を過ごすことが、節分かもしれませんね。

posted by YH at 11:32| Comment(2) | 詩(家族の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

夕食


夕食     

まだ解いてない
引越しの荷物のなかで
外は すっかり日が落ちた
あとは明日にして
あり合わせで
夕食をすることになった

ダンボール箱をテーブルに
紙のお皿、お箸をならべていると
幼稚園の娘が
――わー すてきね
と 声をあげた

ダンボール箱の上の
家族のささやかな夕食
いまもふっと 思い出す




「ノート」より
あけましておめでとうございます。
今年も どうぞよろしくお願いいたします。

家のそばのグランドに50本ほどの桜の古木があります。
子どもの時、よく木登りをしたことを思い出しました。
古木は、太く、風紋のあとが、ごつごつとしていて、
そこに、足をかけて登れそうなのですね。

思わず、足をかけ、登ってみました。
ほんの3mほど登っただけなのに、枝にすわると眺めが広々しているのですね。
風も出会ったことがないように、澄んでいるのです。
新しい年の風。
うれしく、しばらく、風に吹かれていました。

ところが、登るより、下りるのがむずかしいのですね。
やっと 下りたのですが、ひざ小僧をすりむいていました。
子どもときは、傷が絶えなかったひざ。
その傷を見ていると、
ひざ小僧が「ひさしぶりの傷ですね」といったような気がしました。

今年が みなさまに、よいお年でありますように。

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2010年06月17日



「そうめんができましたよ」
母によばれる

新聞を読んでいた父が 立っていく
祖母がかいだんを 下りてくる 
姉がおつかいから 帰ってくる

食卓には 薬味のネギとショウガ
ガラスの器には
そうめんが いっぱい

「ひえてるね」
「おいしいね」

油蝉の声が
家をつつんでいる

今年も 夏になると
わたしは
母の声に呼ばれる



『いますぐがいい』より
松山に行ってきました。松山は、市電が走っているのですね。
久しぶりに、市電に乗りました。
市電というのは、次の停留所が見えているのですね。
なんだか、こんなことが、ゆったりとして、とても素敵に思えました。

木の枠が残る旧型の車両には、俳句投稿箱が置いてあります。
正岡子規の俳句の町ですね。
市電にゆられながら、私も投稿しました。

松山から、詩誌の友人のご夫婦に会いたくて、
高知へ足をのばしました。
乗った特急「南風」は偶然?「あんぱんまん列車」でした。
やなせたかし氏の故郷なのですね。

ずっと、以前、やなせたかし氏の「詩とメルヘン」に
詩を載せてもらってことがありました。
絵の美しい雑誌でしたね。




posted by YH at 13:28| Comment(4) | 詩(家族の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月20日

 「駅が好きだ。知らない場所にいくための玄関、という感じがするから」―これは
江國香織の『とるにたりないもの』(集英社)の「駅」の書き出しである。
実は、私も駅が好きである。旅なら目的地より、そこまでの路線に惹かれ行くこと
もある。小説でも、駅の場面はずっと心に残っている。『アルプスの少女』のフランク
フルトの駅、『アンナ・カレーニナ』のクリン駅、『点と線』の東京駅など。そして、
もちろん自分が住んでいた最寄りの駅、旅で訪れた忘れられない駅もある。
以前、なにかで「人はだれも移動していく習性を持っている」と読んだことがある。
それは遥から来て、遥へ帰っていくことなのだろうか。
私は大人になってふるさとを離れた。でも、家に帰るとき、母はいつも近くの駅で
迎えてくれた。そして、もどって行くときは、また駅まで送ってくれた。春には、改
札口のそばに桜の咲く駅だった。駅では特に、おたがいに話さなかった。私は人は、
こんな小さな別れをくりかえしていくことを思っていた。

  旅            杉山平一
 
桜の花は、田舎の小さな駅によく似合う




「少年詩の學校」6号 章立てエッセイより

もうすぐ冬休み、クリスマス、お正月ですね。
子どもの頃は、指折り待っていました。
でも、なかなか日が過ぎてくれないのです。
時間はゆっくり流れていたのですね。

昨日、家の近くを、ゆっくり歩きながら、
駅のそばを通っていたとき、
ふと、改札口をみると、向こうに
こどもの頃の時間がみえて、消えていきました。


posted by YH at 09:28| Comment(2) | 詩(家族の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする