2013年04月08日

たんぽぽのお浸し

昨日、夕食にたんぽぽのお浸しをしました。

今年は例年より、たんぽぽが多く咲いている気がします。
それも、日本たんぽぽ、葉も花もやわらかい。
以前から、天ぷら、お浸しにしたいと思っていました。

摘んだたんぽぽを、改めて見ながら、
これから、この可愛い花を食べると思うと、
私は、まさに、童話のこわーい魔法使いになった気がしました。

きれいに洗って、お塩と重層の湯の中でゆでます。
あと、ゆっくりめに水で洗います。
そうすると、苦味が少なくなるそうです。

ほんとうに、苦味はなく、美味しく、
なんだか、うれしくなりました。
摘んで食べるという、楽しさもありますね。
きっと、召しあがった方もおられるでしょうね。

いつまでも、
たんぽぽを食べられる地球でありますように。


H24.04.19 N高/大原p/OS&Kc 107.jpg 
八ヶ岳で見たお屋敷の東屋。童話にでてくるようですね。

posted by YH at 13:19| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

春を待つ冬芽の詩

月刊雑誌「ちゃぐりん」12月号は
「春を待つ冬芽の詩」というのが特集でした。
冬芽の写真に詩がついています。
1995年のことです。
先日、本棚を整理していて、雑誌を手に取り、なつかしく思いました。

といいますのは、この原稿の依頼を受けたとき、
わが家は、引っ越しを数日中に控えていました。
しかも、〆切が10日。詩を付ける写真は12枚。

迷いました。でも、引き受けさせていただき、
10日間、荷物の中で書いたことを思い出しました。

冬芽の木は、
アオキリ ガマズミ ゴンスイ、イチョウ カキ クルミ 
トネリコ ニセアカシアなどでした。

実際は、小さな、小さな芽ですが、拡大してみると、
いろいろな表情をしているのですね。

カキは、ほほえんでいるようですし、
トネリコは 春を迎えに行く馬のようなのです。
みんな とてもかわいいのです。

木は、ほほえみながら、春になっていくのですね。

130401 015.jpg
posted by YH at 18:59| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月10日

落葉の国


落葉の国   

鍵穴のかたちの 落葉をみつけた

山鳩が小さく鳴いた
(行きなさい)

落葉は ざわざわと深くなり
運動靴は もうみえない

わたしはドアをさがす
明日のわたしによばれて




「ノート」より

家のそばに、広いグランドがありました。
そこは、染井吉野桜の古木30本ほどに囲まれていました。
ある会社の土地でしたが、みんなが、使わせてもらっているようでした。
子どもたちのサッカー、父子のキャッチボール、グランドゴルフ、散歩など・・
なによりは、桜が咲くころにはお花見でした。
やがて、桜が吹雪になるときは、一面さくら色でした。

葉桜の夏には、樹の下は涼しく、
秋には、落葉が美しく、なんまいもひろいました。

ところが、
その土地は、会社から、公共のものになり、造幣局が出来ることになりました。
いま、桜の樹は、つぎつぎ切り倒されています。
桜の樹は、いま、冬芽をつけています。
もう、2ヶ月足らずで花を咲かせる樹です。
私たち人間は、これしかやり方は、なかったのでしょうか。

切り倒されているときに合い、工事の人から、2mほどの枝をもらってきて、
壺に水を入れて挿していますが、冬芽は咲いてくれるでしょうか。

満開の桜が浮かんできます。


posted by YH at 11:27| Comment(4) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月07日

ぼうし

ぼうし

この曲り角に来ると
ぼうしのことを思い出す
一か月まえのこと
落としたとしたらこの辺り・・
車が通りぬける広い曲り角
こげ茶色で 深くかぶると 
目のところまでかくれた
風に吹かれていったのだろうか
車に飛ばされたのだろうか
雨にうたれていたのだろうか
いまどこからか 
ひょいと出てこないかな
また かぶって
まえのように歩けないかな
この曲り角までくると
いつも 思い出す



「ノート」より

20代の時に書いていた詩(?)が出てきました。
ほんとうに好きだったぼうしを思い出しました。
神戸の六甲道に住んでいたころ、
12月の急いでいたある日のことでした。

いまごろ、神戸の摩耶山、六甲山は冬景色ですね。
張り詰めたような冬の青空、
落葉樹の枝のふるえ、、池の氷、つながれたボート
動物たちの眠りの気配、
人が決して触れることの出来ない深い自然があります。
けれど、凍っているなかにも、春へ向かっている呼吸のようなものを
必ず感じることができます。

・・・・・・・・・
これを書いている時、地震がありました。
一時、携帯メールも繋がりませんでした。
皆さまのところはだいじょうぶでしたでしょうか。
東北沿岸地に被害がないことをお祈りしております。


posted by YH at 19:15| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月16日

カタツムリ


カタツムリ  
   
木の葉が一枚おちてきた
葉っぱの転居通知かな
わたしは ずっとこの辺にいるよ





「ノート」より

奈良の母方の親類の人から、畑のものを送って来てくれました。
その中に柿があり、「渋柿ですので干柿に」ということで、
すぐに、剥いて外に吊しました。

楽しみで、毎日みていましたら、昨日、鳥が飛んできました。
柿をみているようでした。

鳥と私、柿をはさんで
「まだかな?」と同じ思いでいることが、楽しくなりました。
これから、しばらく、鳥と同じ思いでいるのですね。

柿は、陽と風に吹かれ
渋かったじぶんを、甘くしていくのですね。

posted by YH at 09:02| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月28日

風の掲示板

風の掲示板

本郷健一さん
童謡詩集『ひまわりのうた』(かど創房)を出版されました。
子どもの視点を大切にされた、可愛い詩が多く、気持ちがやさしくなります。
あおばの あおむし あいうえお
かのこの かけあし かきくけこ

山中利子さん
『空に 落ちて いる もの あたしの ためいき』(四季の森社)
物語詩です。文学少女だったとおっしゃる山中さん、これまでも多くの詩集を出されています。
「冬の影」という素敵な詩があります。冒頭、
ねこが背伸びする
時間がすこしのびちぢみす


宮田滋子さん
詩集『白鳥よ』(銀の鈴社)
木曜会、サトウハチロー氏に師事され、多くの詩集を出版されています。
牧野鈴子さんの絵と雰囲気がひろがります。
美しい姿を 水に映して
きょうも すべる 白鳥よ
それは 幸せのかたち
それなのに


井上良子さん
詩集『太陽の指輪』(銀の鈴社)
詩集絵の、ご自身の銅板画もとても素敵です。「あまおと」の短詩。
しずくがここに
たどりついた

そのことを
しらせるために


いがらしれいこさん
詩集『小さな いい日』(らくだ出版)
いがらしさんは、短歌も長く、章立てには、短歌が一首ずつ入っています。
「土つけしキャラバンシューズをみればまたおいでよと雷鳥の声」
東京大震災の時、脱線した列車の中で生まれた、いがらしさん。
いまも、とてもお元気です。


posted by YH at 10:17| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月24日

秋    

道に
1本のネジくぎが落ちている
少し錆び どこか蒼色をおびている
きっと 夏空を
ぐいぐい留めていたネジ

もうすぐ
剥がれた端っこから
秋の空がひろがって来る



「ノート」より
昨日、第11回 アジア児童文学「子どもの本の翻訳IN東アジア」が
渋谷の国連大学ウ・タント国際会議場であり、行ってきました。

いま、韓国、台湾、中国で翻訳されている多くの児童文学。
それぞれの、国の歴史、習慣、経済の違いがある中で
翻訳はどのように国を近づけるか
と、いうことに今回のテーマを感じました。

初めて同時通訳のイヤホーンを体験、違和感は意外にないのですね。

posted by YH at 08:26| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月01日

ゆうぐれ

ゆうぐれ

ゆうぐれが
うすむらさきいろの
マントをきて やってくる
ながいかげを おとしながら
マントをひろげてやってくる

もうすこしだけ
まっていて
まだ ブランコがゆれているから
すてねこが
ひとりぼっちになるから

ゆうぐれの
うすむらさきいろの
マントのすそを
とめておいて


「詩とメルヘン」1986年発行

昨日「子どもの本 九条の会」の講演会を聴きに行きました。
ホールの片側には、戦争を描いた児童文学書が多く置かれていました。
その中に、
広島の「消えた町 記憶をたどり」絵と証言 森富茂雄氏の絵本がありました。
(ひろしま・フィールドワーク実行委員会 編集)

「森富さんは鉛筆の線によって、あの日の前と後の爆心地を蘇らせてくれました・・・」
西村繁男氏の推薦文。鉛筆だけの黒白の絵本です。

細かく描かれた道、川、橋、どこに、どんなお店があったのか、
一軒、一軒の名まえも書かれ、戦前の町並みが復元されています。
線の一本、一本に二度と戦争をしない強い思いがありました。

以前、原爆ドームに行ったとき、
そばに、この付近にどんなお店があったが書かれていたボードがあり、
「義足屋」というのが目につき、その時代、人々の暮らしを思い、
心揺さぶられました。

子どもたちに、なにげない平和な日々をと改めて思います。

posted by YH at 12:10| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月07日

たんぽぽ

たんぽぽ

たいせつにしてきたものを
ぜんぶ てばなして

たんぽぽは
たんぽぽの しごとをおえる



『また すぐに会えるから』

5月3日、柏市の児童書専門店「ハックル・ベリー」の2階フリースペースで、
詩画展があり、まど・みちお先生の原画も展示。
『レモンの車輪』を朗読していただきました。
間中ケイ子さん、山中利子さんの詩集もご一緒でした。

朗読は朗読「わたこ」主宰の渡邊由美子さんでした。
朗読される時、ていねいに、そっと詩集を手にされ、
読み終えたときは、また 静かに詩集を置かれます。
朗読の時間が、しーんと静まり返るようでした。
子育てママ応援「いまここ」もされています。

その日、スペースにランチが出店。
石井裕子さんの、こだわりベーグル専門店「ばんごはん」
小野公美さんの、和素材ぱうんど専門店「くみぱうんど」
ベーグルに挟まれた地域の野菜、豆、
デザートのチーズケーキなど、とても美味しかったです。

小野公美さんと、彼女のお姉さまは、
小学校の時、教科書で私の「レモン」の詩を読んでくださっていたとか、
うれしく思いました。

その日は、どしゃぶりの雨でしたが、
忘れられない日になりました。


posted by YH at 16:32| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月11日

兄弟

兄妹     

横断歩道を
二人の小学生が渡ってくる
ときどき見かける近くの
5年生と3年生

そのとき ふいに
左折の車が 
ゆっくりだが 
横断歩道のすぐそばまできた

兄は
車側にいた妹の背中に
とっさに 手をまわした
離れていたのに
すぐに妹によりそった

車は止まった

ふたりは
なにごともなかったように
また 素知らぬふりで歩いていく
春風のなかを


「ノート」より

桜が満開ですね。
きょうの雨風は、はなびらを散らしていました。
やがて、葉桜の季節が来るのですね。

小学校の入学式が終わって
一年生の通学が始まりました。

防パトをしている地域に
今年は、三つ子の女の子が新一年生に。
顔を覚えられるでしょうか?
きっと、性格が違うように、顔に個性があるのだと思います。

そして、昨年の一年生は
どんな2年生になるでしょう。
会えば、おもいっきり手を振りたい。
みんな、元気で通学してほしいです。

posted by YH at 13:13| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さくら

さくら

はるだった
のっていたバスは
いくつものくるまと すれちがっていた
そして ふいに
ひくいさくのあるトラックとならんだ

五、六ひきもいただろうか
ふるぼけたさくのなかには
ゆらゆらゆれながら
ぶたが のっていた

ぶたは
さくらいろのはなびらいろをして
ぜんたいがすきとおるようだった
だれにも ほんとうに
うつくしいときがある

トラックはきめられたところへ いこうとしていた
しんごうにきて 二だいが
えだのように わかれたあと

バスは
さくらいろのゆうやけから
いつまでも ぬけだせないでいた


『また すぐに会えるから』(大日本図書)

この詩は「ラ・メール」に載せてもらいました。
新川和江 吉原幸子責任出版で、素敵な雑誌でした。
終刊になっても、持っていない号を読みたく、図書館に通いました。
他館からの取り寄せで、3冊ずつ、
そして、貸出しも出来なかったのですね。

それから、「詩とメルヘン」に。黒井健氏の絵でした。
かって、詩誌を送ると、そこから掲載してくれた時代がありました。

桜が満開ですね。
家の近くにもいっぱいの桜の樹があります。
夏も、冬もずっとみていた桜が、花を咲かせているのをみると
桜の一年を思います。

posted by YH at 08:48| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月09日

ねこ

ねこ

ご主人さま
わたしに長ぐつをかしてください
ねこは そう言って
長くつをはいて出かけ
ついに ご主人さまを
国の王さまにしました

冬じゅう こたつで
ねそべっていたねこに
そういってやると
ねこは プイと
外に出ていってしまった

しばらくして 帰ってくると
ざぶとんに すわりこみ
ぬれた足のうらを
なめはじめた

長ぐつなんて
はかなかったというように

足のうらが
梅のはなびらのように
きれいだった

『レモンの車輪』より

沖縄では、帰途の半日に
普天間第二小学校、幼稚園に行きました。

そこには、金網一枚で隣接して、広大な基地があります。
そのため、幼稚園の門の前では、父兄が安全のため、毎日交代で立っているそうです。
その日も、お母さんが立っておられました。

基地と学校の間の小高い土手には春のひかりがさし、
すみれの花が咲いていました。
沖縄では「小すみれ」というそうです。小さな紫の花です。

私たちを見て、校庭のジャングルジムで遊んでいた子どもたちが
「土手にへびがでてくるよ!」と教えてくれました。
子どもたちの安全を願わずにはいられませんでした。


posted by YH at 18:41| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

短詩

真冬の夜の出来事   

眠っていたへびは 寝返りをしました。
巻き方が 逆になりました。
夜も少しだけ 逆もどりして
また しーんとなりました。




雪測量計    

わたしの測りきれない積雪だった
じぶんでじぶんを測りきれていなかった





「ノート」より

24日の朝、カーテンを開けると、
雪景色でした。

子どものとき、
雪の結晶を知った時、感動したのを憶えています。

以前、新聞で、
人工的に作った雪の結晶をみたことがありますが、
きれいではないのですね。
自然のうつくしさを、改めて思いました。

空、雲、風、夕焼け、
日々、こんなに、うつくしいものに囲まれて、
わたしたちは生きているのですね。

posted by YH at 09:34| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月04日



古い洋館は
蔦が編んだレンガ色の
チョッキを着ている

胸ポケットからは
ときどき
ねこが顔をのぞかせる

つい この間まで
チョッキは
みどり色をしていたのに
蔦は いつか
色を染めかえている

風がふくたび
網目はひっぱられ
すっかり古くなったチョッキは
裾のあたりが
だいぶ ほつれている

胸ポケットには
日だまりができている



「レモンの車輪」より

先日、いつも、このブログにコメントをくださるもあママさんと
はじめてお会いしました。
ずっと、以前から、私の詩集を読んでくださっていました。

お会いしたもあママさんは、心優しい素朴な方でした。
笑うとき、少女のようで、笑い声が可愛いく
思わずほほ笑んでしまいます。

ご一緒にお食事、美術館で絵を見たりの時間に
いつか、はじめてお会いしたことを忘れていました。

星の流れは、
出会う人を決めてくれているのでしょうか。
そのときに、出会うことが、いちばんいいように。

私は、これまで出会えた人たちに、
心からありがとうと
伝えたいです。



posted by YH at 15:47| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

いたち

いたち

地面にふれそうな
八つ手の葉かげを

風のように
通りぬけていった

いたちだ
だれかが言った

そして
飼っていたうさぎが
いなくなっていた

風は
だまっていた



「レモンの車輪」より

先日、新潟の十日市に行って来ました。
山道は落ち葉でした。

むかごの実があり、木から少しだけ、いただいてきました。
帰って、むかごめしをしたのですが、山の匂いがしました。

それから、木の実を・・
いま、部屋のすみっこの小さな丸いテーブルは、
葉っぱ 烏瓜 どんぐり 赤い実など
晩秋の中です。

枯れて行くものを
見ていると、なにか心が落ち着きます。
それは、ゆったりとした永い時間のくりかえしを
みているからでしょうか。

ひととき
自然のなかにいる気がしています。

そうそう、持って帰れなかったのですが、
1メートル近い朴の葉が落ちていました。

晩秋の舟のようでした。

posted by YH at 10:11| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月18日

杉本深由起さんの詩

秋     杉本深由起

マッチ いっぽん
火事のもと

禾の
マッチ いっぽん
秋のもと

あたりいちめん
もえだした
秋の野の

ほら ここにも
あそこにも
マッチの もえさし
われもこう



詩集『漢字のかんじ』 絵 大田大八 (銀の鈴社)

店先にワレモコウをみつけますと
秋の尾瀬を思い出します。

もう ずいぶん前ですが、
はじめて、この花を見たときから、心引かれました。

地味な深い色、はなやかさから離れて、たった一本そこにあるだけで
秋がそこにあるようですね。

作者の杉本深由起さんは、純粋で、少女のような人です。
「小さな詩集」同人です。


注・「禾」
詩集には(のぎへん)のルビがあります。ここで出せなくて、ごめんなさい。
posted by YH at 08:03| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月31日

短詩

ワニ     

うでたてふせは だれよりも得意です


 石段のたのしみ

上り下りは じゃんけんでおねがいします


 とかげ   

瞬間が走り去った
夏のひかりに包まれた時間がみえた



「ノート」より
部屋の網戸に、10センチほどのカマキリがいました。
全体は、もう枯れ草色で、背にわずかに、緑色が残っていました。
「草のあるところに行きなさい」と、網戸をとんとんするといなくなりました。

ところが、その日私は出かけていて、
夜に帰ってくると、
ドアのぎりぎり前に、あのカマキリがいるのです。
ドアを開け閉めしても、動きません。

家に入ったものの、カマキリが気になり、
ベランダの緑の多いところに運んでやりました。
我が家を訪ねて来たのではと、そんな気がしたのです。

きょうは、姿がみえません。
どこかに行ってしまったのでしょうか。
季節の旅人だったのでしょうか。

posted by YH at 17:32| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月03日

つり橋

つり橋

人が渡っていく
たったひとりの人にゆれている

ひとりの人の重さを
敏感に受けとめてゆれている

わたしの奥にも
川が流れている

わたしの奥にも
たったひとりの人にゆれている
つり橋がある




『いますぐがいい』より
今朝、近くの林で蝉が鳴きだし、
ようやくと、うれしくなっていましたが、また 静かになりました。

例年なら いまは蝉時雨ですが、台風の後の涼しさから遅れているようです。
動物は自然に敏感なのですね。
強く生きぬくための環境を、からだで感じているのですね。
人間も、人類のはじまりのころは、そうだったかもしれません。

子どものころ住んでいた所は、都会でしたが、
夜空は、こわいような闇
そこに北斗七星 オリオン座がかがやいていました。

きれいというより、じぶんがはるかへ消えていくような
途方もない宇宙にいることを思いました。
そして、いま、家族、人の中にいる温かさや安堵感のようなものが
子ども心にもありました。

深い自然があってこそ、人間はなにかを受け止め、
感じることができるのかもしれませんね。


posted by YH at 11:51| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

まど先生とどんぐりの時間

どんぐりの時間     

書店で偶然「まど・みちおさんを訪ねて」と
いう雑誌を見つけた。何枚かの写真の中に、重
ねられた手の写真があった。無限に広がること
ばを紡ぎ、書かれてきたまど先生の大きな骨ば
った手だった。
そして、もう一枚の写真、細長い箱の中に、
どんぐり、まつぼっくり、葉っぱが入っていた。
一年前、先生にお会いする時、もらっていただ
きたくて持っていったまつぼっくりとどんぐり。
先生は大変よろこんでくださった。そのどんぐ
りもまざっているだろうか。私はひととき、書
店で雑誌の向こうの、どんぐりの時間の中で、
まど先生にお会いしていた。





「ノート」より
まど先生の詩集『てんぷらぴりぴり』(大日本図書)は
私にとって大切な詩集です。
この詩集に出会ったのは、1975年です。
以来、何百回も開き、読んできました。

この詩集には、まど先生にいただいたサインのそばに
二つの日付が入っています。
一つは    1987年 6月
もう一つは  2010年 3月
初めてお会いしたときと、
昨年、お会いしたときです。(なつかしくて、お持ちしたのです)

この詩集を、書店で手にしたときの感動を、ずっと覚えています。
まど先生は、いまも、多くの絵をお描きになられておられるとか、
どうぞ お身体お大事に、お元気でと思っております。

posted by YH at 11:16| Comment(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

ミノムシ

ミノムシ    

枝にぶらさがっていると
風がゆらしにきます
ゆらしたままいってしまうので、
じぶんで止まらなければなりません
じぶんを止めるってむずかしいこと
すこしゆれているのがわたしです




「小さな詩集」4号より
緑の美しい季節です。
植物が一番かがやく時ですね。
樹の幹に手を触れると、樹の力を少しばかりもらえそうですね。
いま、体調を崩している姉に、この樹の自然の力を送りたいと、
そっと 目を閉じて、姉を浮かべました。
こんな魔法があるかもしれないと、思いながら。

きょう、防犯パトロールをしているとき 小学1年生の子どもから
「おばさん とし いくつ?」と聞かれました。
(このごろの子はすぐに歳を聞くのです)
「100歳よ」というと、「うそー」と笑っていましたが、一人の子が、
「20さいになるように、まほうをかけてあげるね」と、
そして、
「はーい おばさんは、もう20さいですよ!」

子どものかけてくれた魔法、なにかがあるようで、
ふと、心楽しいひとときでした。


posted by YH at 17:44| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする