2011年04月16日

俳句

ひとすぢの花の月日を思いひけり

大事なこと終えたのですね落椿

花吹雪すれ違ふひと母に似し

もう会えぬひとかもしれぬ花の宿

たましひがわたしを探す山桜

春野原風はじぶんを運びゆく

魔法びん魔法をわすれ春の空

芽吹く時かすかな痛み幹にあり

春愁や雲の匂いのする身体

春愁や空に鉛筆落としけり



「ノート」より
桜はもう葉桜へ、季節は休むことなく移動しているのですね。
津波被害に折れた桜も、咲いているとのこと。

桜をみつめる人びとの思いは、その年ごとに違いますね。
そして、いろいろな時期の桜を思い出させてくれますね。

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2011年02月19日

凍夜

凍夜

ブランコは鉄にもどっていく





初雪

はじめて形あるあるものにふれる





『いますぐがいい』より
みかんの皮を乾かして、お風呂に入れました。
以前も、このブログに書いたと思いますが、
子どもの時、母がそうしていたように・・・冬のお風呂ですね。
さらしの布の袋。紐が付いていて、ぎゅっと縛ってあったのですね。
紐が、なんとも、ふしぎに、まさに当時を紐解いていくのです。
子どものときの記憶というのは、年月と共に、いっそう鮮明になるのですね。

子どものころ、どんな夢を持っていたのでしょう。
少なくとも、こんなパソコンがあることなんて考えられなかったですね。

最近、カンツォーネのテープを聴いているのですが、
先日、パソコンで、「カンツォーネ」を引いてみたのです、
すると、高校生の時に見た映画「忘れな草」が出てきたのです。
とても好きな映画で、折りにふれ、もう一度見たいと思っていました。

それが、一番印象的な場面と共に、ベニヤミーノ・ジーリの歌を
聴くことが出来たのです。
もう、見ることも聴くこともができないと思っていた歌、
感激しました。

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2010年12月18日

木と

木と    

もみじの落ち葉をひろっていたら
木から葉っぱが
わたしのすぐそばに
ぱらぱらと 落ちてきてくれた

このときわたしは
木と話しをした気がした


「ノート」より
編集者の伊藤英治さんが、12月3日に亡くなられました。
65歳で、お若く、残念でなりません。
伊藤英治さんは、『まど・みちお全詩集』を編集、その他、多くのアンソロジー詩集を編集され、
『阪田寛夫全詩集』の編集を終えられ出版される矢先でした。

今年3月、私が、まど先生にお会いしたいと、お話ししましたら、
仕事で行くときでよかったら、お声をかけましょうと、いってくださり、
川崎のまど先生のご入院の病院へ、ご一緒させていただきました。

伊藤さんは、しばらく、ご入院さていた後でもあり、
その日は、まど先生とお久しぶりだったようです。
まど先生は、伊藤さんと私を見られて、笑いながら
「竜宮城から、来てくれたようだ」と
よろこんでくださいました。

そのとき、伊藤さんは、まど先生に
「これは、台湾のころの作品と思いますが、先生の別のペンネームではありませんか。
お名前の中心に黒丸の点があります。詩も先生のようです。」と原稿をお見せしておられました。
伊藤さんの細やかなお仕事を拝見して、
まど先生の膨大な作品を探し出すのは、大変な作業ですね、といいましたら、
「図書館など、どこにいっても、ないと思わないで、あると思って、作品、資料をさがすのです。」
そのおことばが、とても強く心に残っております。

お会いした後は、いつも私にまで、すぐに、まど先生との写真を送って下さり、
そのたびに、几帳面な、誠実なお姿に心打たれておりました。

私が『いますぐがいい』を出版に、まど先生の絵をお借りする時も、
伊藤さんから周南美術館を、紹介いただきました。

伊藤英治さんに、どれだけお世話になったことか、いま、改めて思います。
いつも、約束くださったことは、必ずご連絡くださり、
さりげなく、お力をかしてくださいました。

ほんとうに、ありがとうございました。
もっとお仕事をしていただきたかったと、残念でなりません。
ご冥福を心よりお祈りいたしております。

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2010年11月19日

時計

時計

ふと
時計が言った
「わたしは 時間を見たことも 聞いたこともないのです
ただ 正確に動いているだけで」

時計屋は「それでいい」
と、答えた



『レモンの車輪』より
今年「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」というのをやっています。
全国の映画ファンの投票をもとに、1950年〜70年の作品から
1年間、全国25の劇場で連続上映。

家から15分のところに、上映劇場があり、時間のあるときはと思いつつ、
結局、見られたのは、ほんの一部です。
でも、今回はぜひと思ったのが、チャップリンの「ライムライト」、
1958年に日本公開の作品です。

チャップリンのものは好きで、これまでビデオで見ましたが、
先日、映画を見て、改めて
ことばの新鮮さ、深い哲学に、感動しました。
音楽がまた素敵ですね。(チャップリンは楽譜を読めなかったというのですね)

人は、なんどでも、同じものに感動するのですね。
気づかなかった新しい発見、大切に思っていきたいです。

秋が深まっていくと、なぜか、店頭で、ふと、時計をみることがあります。
時計が、秋を深く抱いているような気がするのですね。



posted by YH at 17:49| Comment(1) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月16日

イノコズチ



イノコズチ    

ジーンズに
イノコズチがついている
しっかりと
離れようとしない

わたしは
イノコズチの運び屋に選ばれたらしい
しかたがないので
届けることにする

人びとのなかを
風のなかを
歩く

ひとつぶ ひとつぶが
ひかっている

わたしの届けたい
ことばも
イノコズチのように
ひかっているのだろうか

野原へ 走る
イノコズチを届けに
そして
ことばを届けに 


「ノート」より
秋の中で、まだ、夏が遊んでいるようですね。
夏は、わすれものを、探しているのでしょうか。

それでも、朝、いわし雲が、空一面でした。
いわし雲は、
イワシの大漁の時期だから・・・魚の鱗のような雲だから・・
いろいろいわれるそうですね。

なつかしさとは、普通、時間が過ぎてのことですが、
いまも、継続していながら、なつかしい感覚をもつことがあります。

たとえば、イワシの塩焼き・・いまも日常にあり、
日々、目にしていながら、
どうしようもない、なつかしさを感じることがあります。

記憶は、はるかなところで、どんな風に、繋がっているのでしょうね。
なつかしいことって、素敵なことですね。

posted by YH at 10:53| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

キャンプ

キャンプ

テントに
星があそびに来ている

そのテントだけ
黄色のあかりに
包まれているので
わかる



「ノート」より
以前に、このブログに、雑誌に書いたエッセイを引用したことがあるが、
私は、机の上に、小石をひとつ置いている。手のひらのくぼみの大きさ。
そこに、ひとすじの滝が流れている。

というのは、石に一本の白い線のことだが、
この猛暑の中、ふと、滝のそばに立っている気がする。
水しぶきが顔にかかる・・滝の前で、なんども過ごしたことがあった。
子どものとき、滝壷で泳いだこともあったが、
滝への、神聖な思いはいつも変わらない。


posted by YH at 12:08| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月14日

キリン

キリン   

キリンが歩くと
首は 
空を拭いていく

キリンの歩いたあと
空が美しい



風  

夢の中で
石けりの石をみつけた

手にのせると
石のまわりに
そよいでいた風がついてきた




詩誌「小さな詩集」2号より
2週間ほど、カナダのバンクーバーから、車で40分ほどのコキットラムというところに
行ってきました。

そこで、幼稚園付属の小学校に連れていってもらいました。
その日は金曜日放課後で、みんなの前で、30人ほどの子どもが表彰されていました。
表彰の内容は、「あなたはリーダーシップをとれました」
「あなたはリレーでいっしょうけんめい走りました」
「あなたは人に親切にできました」など、
日常の生活の中の小さなことです。

これは毎週末にあります。ですから、多くの子どもたちが、表彰されます。
うれしそうな子どもたちの顔。

私も、ほめてもらって、うれしくて、たまらなかったことを、思い出しました。
人は、否定されるのではなく、ほめてもらうために生まれてきたのかもしれません。
そう思いますと、素敵なことですね。

詩誌「小さな詩集」の同人、島村木綿子さんがブログ「こっとんの葉めくり」を開設。
リンクいたしましたので、ぜひ、お訪ねください。
島村さんの詩は、作者そのままに、純粋なものが伝わってきます。

2週間ぶりの家、ベランダにモッコウバラが、こぼれるように咲いてくれていました。
季節は、小さなベランダを、移っていたのですね。



posted by YH at 05:41| Comment(9) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

なんどでも

なんどでも    

チャップリンが
街を歩いている時
「チャップリンものまね大会」に出会った

チャップリンは出場した
結果は
二位だった
と、いうエピソードがある

本物が二位・・・

チャップリンが
たのしそうに
ステッキをまわしながら
歩いていく後ろ姿がみえる

という詩を書いたら
川崎洋氏も書いていたことを知った
でも
なんどでも書きたい
こんなに 素敵なこと

桜が
こんなに
毎年 咲いてくれるように


「ノート」より
先日から、埼玉県立近代美術館で「山本容子のワンダーランド」の
展示をしています。素敵な銅板画です。

4月11日には「江國香織×山本容子」対談がありました。
入場は抽選。
当たることのない私が、当たり、
行くことができました。
ずっと以前から、お二人の作品が好きでした。

やはり、それぞれに魅力のある方でした。
山本容子さんが、ある方の本を引用されたことばが、
「失われたものは、ここにないだけで、どこかにはある。ひとつのボタンでも・・」
こころに残りました。







posted by YH at 08:43| Comment(4) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

風     


風は届けてくれますか
空を
海を
原っぱへ
前のめりに走っていたこどもの時を

大人の
ことばには
もう 疲れてしまった

砂浜の
貝殻のような
ことばをさがしたい

きょう 信号待ちのとき
目のまえに 
海のような空があった
こどものときの
なんでもないあたりまえの空が

風は届けてくれますか
空を
海を
立ち止まるひとときに






「ノート」より

また 明日から寒くなりますね。
日本海側は雪ですね。
その沿線に、明日から、旅をします。

計画もたのしんできた旅程です。
乗り継ぎ時間をスムーズにと組みましたが、
特急を乗り間違えないようにしないといけないです。

ただ、一人で、雪国の列車に乗る人も少ないかもしれません。
でも、うれしそうに車窓を見ていることでしょう。
それは、きっと私です。






posted by YH at 19:52| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

火種

火種

火種をください
わたしのこころに

こころが
凍えていかないように

ある日 じぶんから
逃げてしまっても

火種の明かりに
もどって来れそうだから

はげしく燃えると
炎しかみえない

けれど 火種は
ほのかな隅もみせてくれる

火種をください
青い空から

ひとつぶの火種を





「ノート」より
子どものころの冬の暖房は、火鉢と湯たんぽでしたね。

外出の時や、寝るときには、
燃えている炭は、灰の中に埋めておき、
また、それを火箸で掻き出し、新しい炭を継いでいったのですね。

ふうーと、息をかけると、真っ赤な火が熾ってきて
温まっていく。
それにしても、なにをするにも時間がかかりました。

でも、家族が、火鉢の縁に、手をかざして、
身体寄せ合っていた時間も、よかったのですね。

火鉢を見ると、家族のそれぞれの手が浮かびます。

大地震のあったハイチの子どもたちの手が、
家族と繋がれますように。
posted by YH at 10:12| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日


        
鏡は
二十年ぶりに 顔を映した

チェルノブイリの原発事故から
人が近づくことも許されなかった地域の
アパートの一室

窓ガラスは壊れているのに
網戸はそのまま残っている
椅子とテーブル
冷蔵庫も
あの日のまま・・・

女の人は 右の頬をなでた
鏡に映った顔がゆがみ
ひとすじの涙がながれた

あの日 多くの人が亡くなり
その恐ろしさを知らされないまま
それから もつぎつぎ死んでいった
じぶんも 生まれたあかんぼうも
内蔵の疾患をもち続けている
けれど 生きてきた

と、取材のため日本から来た
友人にいった
そして
いま ここに来て
新たに 強く生きたいと

音楽の教師をしていたという女の人は
床に落ちていた楽譜を拾った
そのとき
鏡は
澄んだ青い空を映した


「ノート」より
 あけましておめでとうございます。
今年も、詩を載せていきたいと思っております。
どうぞ よろしくお願いいたします。

世界の子どもたちにとって、
そして、みなさまにとって
明るい年になりますように。

posted by YH at 10:40| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

冬の空

冬の空
     
どこか
しらないところで
ゆっくり
ネジがゆるんでいく





「ノート」より


今年も残り少なくなりましたね。

いつもより早く、時間が過ぎていくのですが、
こんなとき ふと、
ゆっくりでいようと
ぜいたくなことをつぶやいています。


昨日は、クリスマス・イブのせいか、
道を歩いている人たちは、
とてもしあわせそうにみえました。
でも いまも貧しい「マッチ売りの少女」のような子が
いるのだと思いました。

少女が
「おばあさん わたしをいっしょに、つれていってください」
と、いうところで
いつも 涙がでました。

子どものころの本が
いま、もっと現実のように思われます。

posted by YH at 11:11| Comment(2) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月28日

落葉

落葉

樹は
つかわなくなったものを
なぜ
こんなに 美しくしてから
手ばなすのだろう

燃えるように かがやかせて




『また すぐに会えるから』より

大銀杏の葉が 
散っているのをみました。

樹のぐるりは、びっしり、星がまたたいているようでした。

聞いたことがあります。
アフリカの夜空は、星がいっぱいで
空がみえないほどと・・・



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2009年11月03日

青い空

青い空

ある日
からっぽが やってきた
わたしは じぶんのなかが
いっぱいだったので
うれしくなって
からっぽのなかに つぎつぎいれた

なんかいもの しっぱいや
だれかをきずつけたこと
いっぱいのわすれものや
できていない しゅくだい

とうとう じぶんまで
ほうりこんだ

からっぽの中で
わたしは 
青い空をさがした

でも
いっぱいになってしまった
からっぽは
ほうりこまれたものをなげだし

すこし おくれて
わたしも立っていた

もし こんど
からっぽにであったら
わたしは
青い空をいれたい




「ノート」より

お知らせ

まど・みちおてん(ART  EXHIBITION)

2009年11月14日(土)→12月27日(日) 休館はお問い合わせください。
山口県 周南美術博物館 TEL(0834)22-8880
セミナー、ギャラリートーク、コンサートなどイベントもあります。
11月16日は100歳のお誕生日です。


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2009年10月07日

白葱

白葱

まっすぐな一本の決心





『レモンの車輪』より

いま 新蕎麦の季節ですね。
信州の一面の白い蕎麦の花を思い出します。
はじめて、蕎麦の花を見たとき感動しました。

そのとき、私はバスに乗っていました。
駅に停まると、お母さんにおんぶされたあかんぼうが、乗ってきました。
あかんぼうは、にこにこ笑っているので、
おもわず、あかんぼうの手に触れると、
私の指をにぎって、離さないのです。
そのうち、あかんぼうは眠ってしまいました。

そろそろ、私も降りなければいけないので、
そうっと、指を離そうとしましたが、抜けないのです。
しっかり、にぎっているのです。
その強さに、はっとしました。
小さなあかんぼうの中に、こんなに力強いものがあったのですね。

この季節、可憐な蕎麦の花の強さと、
あかんぼうの、生きる強さが重なります。


     お知らせ 

「児童文学セミナー in 花巻」
―賢治のふるさとで児童文学を語ろう・・・賢治から受け継ぐものー
* 日時 11月8(日)・9(月)日+10(火・オプション。遠野)
* 会場 花巻大沢温泉・菊水館
講演、実作指導などのプログラムがあります。

お問い合わせは,日本児童文学者協会 03(3268)0691
多くの方のご参加をお待ちしております。
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2009年07月26日

波の音

波の音

子どものころ
ラジオから流れる波の音は
潮のにおいのする海だった
テレビもない時代
家族でラジオを聴いていたころ
けれど その波音は
行李に豆を入れてゆらしていたという

ひとり 海にいくと
波音に
ふと 行李と豆を思い浮かべる
もういちど みんなで生きたい




「ノート」より

家の近くに樹齢三百年の欅があります。

樹には、ながい時間が過ぎて来ているのですね。
幹にふれると、
樹の生きてきた時間にふれるような気がします。

以前、「バオバブの記憶」というドキュメンター映画をみました。
病気の子どもが、樹の下で治療を受けていました。
大きな樹の葉をゆらし、風が吹いていました。

千年前から、樹と人はこうしてきたのでしょうね。
ただ、忘れそうになっているのかもしれません。

でも、
欅の樹から吹いてくる風の中に立っていると、
思い出せそうな気がします。

posted by YH at 10:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日



草の背中を みた
風に
はげしく ゆれ
倒れても
倒れても
立ち上がろうとする
草の 背中をみた

梅雨あけの
まぶしい 夏空の日に




『また すぐに会えるから』より
先日 梅雨明けをしましたが、まだ信じられないような・・
毎年、梅雨明けには、はげしく雷が鳴って、
ああ 梅雨が明ける・・と
空をみて、思いましたが・・今年はありませんでした。
自然からのメッセージ、体感で受取りたいです。

まもなく皆既日食ですね。
大きな天体のめぐりの中、小さなじぶんも、まわりの人も一緒に
この宇宙にいること思いたいです。


お知らせです。このたび、
「9ゾウくん げんきかるた」がポプラ社から出ました。
子どもの本・九条の会が制作したものですが、
「このかるたは作るまでも運動、作ってからも運動です・・」と
子どもたちの平和への思いを込めたものです。
絵札は、一枚一枚それぞれの画家さん、読み札も、いろいろな方が書いています。
私も一枚参加させていただきました。
夏休み、親子で、かるたから、平和を考えてみるのもいいですね。


posted by YH at 11:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

「サボテン」

サボテン

        (1)

どうか わたしのうえに
風船を おとさないでください

        (2)

じぶんのトゲで
だれかを
きずつけてしまわないかと
いつも 心を痛めています

花が咲いたときだけ
ほんのすこし
つぐないができたような
気分になります



『レモンの車輪』より


最近、会などが、お昼にかかるとき、お弁当をもっていくようになりました。
卵焼きと塩じゃけ、、青菜、あればきんぴらなどあり合わせのものと
いつもの玄米と黒米のごはんです。
お弁当箱は、かって子どもが使っていた女の子の模様のアルミのもの。
サイズも小さくてちょうどいいのです。

ハンカチに、お箸箱と包むと、学生時代のようです。
そのころは、ずっと、母に作ってもらっていて、
やがて、子どもたちのを、私が作って、いま、じぶんに作っています。
作ってもらったお弁当、作ってあげたお弁当、じぶんのお弁当
ハンカチをほどき、ふたをあけるとき、
お弁当箱のかたちのしあわせをみつけます。

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2009年05月10日

「ハンカチ落とし」

ハンカチ落とし

夕闇になるまで
ハンカチ落としをしてあそんだ

目をとじて
輪になってすわる

(わたしに
落してくれないかな)
後ろ手で地面をまさぐる

じぶんの番になると
好きな子に落とした

その子も
落してくれた

そんなハンカチが
いまも
わたしのなかにある




『いますぐがいい』より


先日、大きなハンカチの樹をみました。
大きな樹なので、下の方の枝の花だけしかみえません。
もっとも 花は終わりかけていました。

そのかわり、こんもりした樹の下には、
白いハンカチのような苞が、(葉の変形したものだそうです)
なん枚も落ちていました。

みんなが遊んだあと、わすれていったハンカチのようでした。
そして、もうすぐ
うすぐらい樹の下に なつかしい友達、父や母が
走って来てくれるようでした。

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2009年03月27日

唐辛子

唐辛子

まっかになって
じぶんで
じぶんを おこってばかり

いつか
辛く 辛くなっていくのを
知りながら





『レモンの車輪』より


友人の畑から、ニンジン、ラデッシュなどをいただいてきました。
友人が作っている広い畑。
畑の中に立つと、身体が風に近づき
少しだけ風がみえるような気がする。

ニンジンの葉の付け根を引っぱる。
赤いニンジン!あたりまえだけれど、
どうして?土の中にいたのに、こんなにきれい!
おもわず叫んでしまった。

その夜、もらって帰った野菜を洗う。
ていねいに洗う。
なにか、いろいろなものへの、おかえしのような気がしてでした。

posted by YH at 14:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする