2009年03月23日

キャベツ

キャベ

重なり合った葉を
一枚ずつ順に
内側に
ていねいに巻きこんで
丸くなっていく

それが
たのしくてならない
キャベツ




『レモンの車輪』より


旅から帰ってくると、日常がふしぎな気がします。
こんな風に、いっぱいの日常があったこと、
新しいものをみつめるように
じぶんの中の、じぶんがみつめています。
旅の時間が、しっぽで、つながっているのでしょうか。

キャベツも 一枚一枚の葉に、日常があって
風の強い日、旅をしているのでしょうか


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2009年03月11日

桃始笑



朝やけが 座る

やわらかな ひかりと
影で
包むように 座る

かすかな
ぬくもりが つたわってくる
いちにちが はじまる

朝やけの
こんな座り方が すきだ

すっかり 明けてしまうまでの
ひととき



「ノート」より


昨日は、風が強く、ぼうしをかぶり、マスクをして歩きました。
顔が隠れてしまうと、じぶんが、じぶんでなくなるような・・
と思っていると、やはり…
近所の知っている人が、私に気がつかないで通りすぎた…?
私は、だれもしらない私? 
透明人間に?
でも、私は、私を知っている。

なにをつまらないことつぶやいているの…?
桃の花が 咲いていました。
3月10日は「桃始笑」というそうです。





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2009年02月20日

ある日

ある日

まつげに
虫がとまって 
すぐに飛んでいった
崖の草とまちがえたのだろうか

なんだか 目が澄んできた




「ノート」より


演劇のプロデユサーで、読書家の友人が「言葉の貯金箱─私の読書メモから」というのを、
時々送ってくれます。いろいろな人の言葉を書き留めたものです。

先日亡くなられた筑紫哲也さんの言葉は
「歴史は繰り返さず、人間は変るものだ─と信じたい」と平和への思い。

そして、松永伍一さんの言葉
「私は、一人でがんばり抜いて生きているような生き方より、人通りの少ないところを
悠々と散歩しながら、風の音を聞いているような生き方を好む。それは人生における落ち着き
という問題でもあるし、品格という問題ともつながってくる」

ひとつのことばが水滴のように心に落ちて、
気持ちが澄んでくることがあります。
そんなことばに出会えた日はうれしい。

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2009年01月23日

タンポポ

タンポポ

都会のすみっこ
ねこの額ほどの 空き地に
冬だというのに
タンポポが咲いている

──こんなところに タンポポ
  ここは 春なのね
母子が話しながら歩いていく

そうだった 
わたしの中にも
タンポポの 空き地があったこと
わすれていた

あたたかい風が
吹いてくる




「ノートより」


子どもが タンポポの花を摘んできて、
「このはなのなまえは はるっていうんだよ」と
いったことがあります。

まだ 寒い2月を越えなければいけないのに、
寒がりの私は もう 春を待ってます。

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2009年01月16日

「階段」

階段

震災のあとの
空地

雑草のなかに
ぽつんと
石の階段が 残っている

階段は
なくしてしまったものが
なんだったのか

じぶんが
どこへ つながっていたのか
わすれそうになっている

ゆっくりと
時間だけを
のぼりおり させて




『またすぐに 会えるから』より


1月17日は阪神淡路大震災から14年になります。
私は神戸にいませんでしたが、母がひとり暮らしをしておりました。
家は全壊にもかかわらず、母は幸いに助かりましたが、無事を確かめられたのは、震災から4日後でした。
いま手元に、震災の年、全壊の家をなんとかしなければと、神戸に行ったときのエッセイがあります。少しだけ抜粋させてください。


 震災から数ヶ月過ぎた初夏、神戸に近づくにつれ、車窓から壊れた壁、歪んだ家、亀裂のままのビル、以前に訪れた直後の強烈さはないにしても、いまも生々しさが、残っている。以前は三ノ宮までは途中を歩き、路線を乗り換えなければならなかったため、その後の交通復旧は思ったより早いと思っていた。が、これは神戸に着いてわかったのだが、ポートアイランドへのモノレールは動かず、ピストン運転のバスに長い人の列だった。(略)
泊った三宮のホテルの部屋は、どこのビジネスホテル同様に狭く、窓のカーテンは閉まっていた。すぐ道を隔ててビルがあった。一目でいま、このビルが使われていないのがわかった。ブラインドはゆがみ、窓ガラスは割れている。長い間、人の気配のない建物がもつ独特の静 寂さが漂っていた。(略)


読み返しますと当時のことが思い出されます。
いま、まだ心癒されない方が多いということを聞きました。その方々のご回復と、
被災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
母は震災の3年後に亡くなりました。


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2008年12月01日

「手を振る」

手を振る


空を
かきまぜるほど
高く 高く
手を振ると
また すぐに会えるから

そういうと
まわりの人が
見るのも気にしないで

あなたは
思いっきり
思いっきり
手を振る



『またすぐに 会えるから』より



駅などで、別れるとき「じゃあ またね」といってから、
わたしは必ず振り返ってしまいます。
それも、2、3度も。
相手の背中が人ごみにまぎれてしまっていくのを見て、またさびしくなります。
子どものときも、いつまでもいっしょに遊んでいたくて、
なんども、なんども手を振ってさよならしたのを憶えています。


PHPの「あなたと読みたい詩の本」のシリーズで、
アンソロジー詩集『恋日和』が出版されました。
もう書店に並んでいるかもしれません。そのなかに入っている詩です。

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2008年11月19日

「ものさし」

ものさし


ものさしも
ながいあいだには
自信をなくすことがある

──あなたは 正しいです

と、じぶんも
測ってもらいたいときがある




『テストのまえに読む本』(偕成社)



昨日、友人の展覧会に行ったあとに、ひとりぶらりと、すぐそばの上野動物園に行きました。
ひさしぶりでした。

象は5頭もいました。ふと、野生の象が何日もかけて、小象も連れ、仲間いっしょに洞窟へ行くのを思い出しました。洞窟へ岩塩を食べに行くのです。
象たちは、はるかからつぎつぎに伝えられてきた場所、そこに大切なものがあること、そうすることで次代を守り続けることを知っているのですね。

豹、ライオン、そしてペンギンはちょうど餌(アジ)をもらっていました。

そして、いちばん会いたかったゴリラ。
ゆったりとして、そばにいるだけで、こころがやわらかくなってきます。
しかし今、ゴリラの住む熱帯雨林は人間による伐採のため消えていこうとしています。
野生のゴリラは信じられないほど数が減りました。レッドラインの動物を救う活動をしている人は、もうどうしていいかわからないところまできているといっていました。

上野の森は、樹が葉を落とし続け、晩秋でした。


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2008年11月14日

「貝ボタン」

貝ボタン


貝ボタンのついている
セエ―ターを着た

かすかに
波の音がして

わたしは
海によばれる




「ノートより」



よく見ると、貝ボタンはきれいですね。かすかに真珠の色をしているのですね。
いままで、気にすることもなく着ていたのですが、
あるとき、ふと、このボタンはるかな海からきたことに気付いたのです。
数年前のことです。

貝ボタンは、明治20年ごろドイツ人の技術指導で、神戸から始まったそうです。


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2008年11月10日

「空」


 空


──いま あなたは
  空のなかにいるのよ
おしえてあげたい

鉄骨のビルのてっぺんに
工事の人が
雲を肩に
ボルトを締めている

その人は 
じぶんが
いま 空のなかにいることに
気づいていない 

雲は
その人の肩をかすめながら
ながれていく

わたしも
いま 空のなかにいる
あかるい空のなかを
歩いている



「ノートより」


どこからどこまでが空なのでしょう。
深い深い空、昼間もかがやいている星。
空を見ながら歩いている。
ときどき、つまづいてしまう。


posted by YH at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月31日

「わたしを」

わたしを


あなたの
描く 風景のなかに

わたしを 入れてください
あなたにだけ
わたしと わかるように

それから
まっすぐな道を 描いてください

あなたが
絵筆をおいて

わたしのところへ
走ってこられるように



詩集『また すぐに会えるから』



絵画を見ることが,ずっと好きでした。
先日、引き出しの中に、出かけた展覧会のチケットをいっぱいみつけました。
半券の絵がきれいなのはとっておいたのですね。
最近は、展覧会でなくても、ホテルや旅館、見知らぬロビーでなどで、こころに残る絵に出会うとうれしくなります。これも旅の楽しみかもしれません。



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2008年10月23日

「じゅんび」

じゅんび


鳥は飛び立つとき
はげしく翼をはばたかせた

翼は 一瞬
透明になる

じゅんびすることは
透明になることだ




詩集『いますぐがいい』




『いますぐがいい』を出版して一年になります。
読んでくださった方、ありがとうございました。





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2008年10月14日

「カラスウリ」

カラスウリ


母は 
財布に
鈴をつりさげるのが すきだった

母が バッグから
財布を出すたび
鈴は 澄んだ音をたてた

どんなときも
わたしたち子どものために
いっしょうけんめいだった母

わたしは 
旅先で いつも
母に
鈴を 買って帰った

秋も
つりさげるのが すきなのだろうか
赤い かわいいものを






ノートから、こんな詩をみつけました。
母は、もういないけれど、いまも、鈴があります。

道を歩いているとき
向こうから、母が歩いて来たらいいなって思うことがあります。



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2008年10月11日

「ごま」

ごま


おにぎりのうえで
ごまも
ピクニックしている

ひとつぶ
ひとつぶ
ちらばって
のびをしている
さかだちをしている

とおく
ひろがっている そらを
みながら

いまが
いちばん いいんだというように
ひかっている






最近、はじめて、ごまの花を見ました。
ずっと、食べていたのに、花を知らなかったのです。
かわいい花なのですね。
もうすぐ、新ごまとして食卓にのぼるのでしょう。

ノートを整理していましたら、こんな詩がでてきました。
はるかむかしの詩です。




posted by YH at 12:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩(風の中の風景) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする