2018年01月11日

俳句

私は「藍生」の俳句の会に入っております。
今年1月号で、巻頭をいただき、驚き、感謝の思いでいっぱいです。
黒田杏子先生の句へのお文が、強く心に残りました。上げさせていただきます。


 藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子

祖母は秋風なんかとも暮らしてた
        (埼玉県)はたちよしこ


祖母と孫娘。その関係は母と娘との関係とは全く別のものだと思う。私は高校時代、母の母の家に寄宿していた時期があり、六十代の祖母とよく話しこんでいた。はたちさんのこの句に出合って、その祖母射越クニの人柄などいろいろと憶い出し、涙ぐむほどの懐かしさを覚えた。視野の広い人で、未来志向の女性。私にクヨクヨすることなどこの世に無いという人生観を授けてくれた女性。ゆくりなくも詩人として知られる句友、はたちさんの句にハッとして深く共感。まことに嬉しくなった。



   秋の昼空がだんだんやはらかく

   秋空へはみ出していく急な坂

   時といふ風の葬りし秋の空    よしこ




posted by YH at 10:18| Comment(4) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

「福寿草」


    福寿草      はたちよしこ

――ふくじゅ草に
  いくつもの 花が咲くと
  その年は いいことがあるのよ

そう おしえてくれた
母は
もう いない

力強い茎に
やわらかな花びら

――じぶんに 自信をもって
  生きなさい
そう いってくれた母

新しい年がきて
今年も
ふくじゅ草に
いくつもの 花が咲いている
              


お花屋さんに、咲いている福寿草を見ました。
ふと、母のことを思い出しました。



posted by YH at 18:32| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

古いエッセイ

先日、
昔に書いたエッセイを取り出し、読んでいました。
どちらも古いものです。

喫茶店で見かけた知らない若い女性のことです
その喫茶店は、がんセンターの前にあり、花屋さんでもあり、
美しい喫茶店でした。

その女性は、入って来て、テーブルに座ると、コーヒーを注文。
それから、手帳を取り出し、みていたが、静かに泣き始めた。
その女性の顔の半分には、白いガーゼが。
たぶん、その女性は、顔面のがんだったのではと思えた。

ふと、今でも、良くなられただろうかと、思い出すことがあります。

それから、もうひとつ、父との思い出です。
松の取れる日、父は玄関の注連縄をはずし、家の前で燃やした。
その灰を、家の周りを囲むように、少しずつ、点々とおいていく。
神の宿るものは、燃やすことにより、天に帰る。そして、灰になっても
まだ、神の力が残っている。そうして、家を守ってくれる。
父は、そう思っていたのだろうか。

散歩で、神社にお参りし、
手を合わせるしか宗教を持たなかった父との思い出。
エッセイは、遠い日のことを思い出させてくれるのですね。





posted by YH at 09:50| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする