2020年06月07日

宗左近先生

先日、いただいた冊子から、小林純一氏の作品などを読み、
ふと、じぶんなりのスクラップを思いだした。
私は、新聞で、好きなエッセイ、写真など、ふと、心に止まったものを切り取っていた。
それは、1979年のものだったが、小春久一カ氏と載っていたのを
なつかしく見つけ、友人に送った。

そのとき、スクラップに
ふと、見つけたのが詩人の宗左近氏のこと。

1979年の朝日新聞にエッセイ「無の揺らぎが有を生む」を書かれている
「「揺らぐ無」、それこそが、詩と思えてならないのです」と
お父様の思い出を、エッセイに書かれている。
心動かされる文だった。

宗左近氏は、平成18年6月24日に亡くなられた。
かって、船橋市で、現代詩の「宗左近の教室」があったときに、
私は東京に住んでいて、教室に通っていた。
宗氏の詩への思いは深く、私の感覚では届くことの出来ない底深いものだった。
詩集『炎える母』で歴程賞を受賞されている。

ある日、確か、私は、その教室をやめてからだった、
秋原秀夫氏(少年詩の中心におられた)と市川市を歩いていたとき、
バッタリ、宗先生にお会いした。
たぶん、先生のお宅の近くだった。
お久しぶりで、うれしく、はずかしかったが、
多分、ふたことくらいお話した。先生は笑顔だったことが記憶が残っている。

それから、間もなくだった。
「レモン」の詩を、有名な雑誌の巻頭に載せてくださった。

いまは、詩の多くの先生が亡くなられ、
改めて、寂しく、ご冥福をお祈りしたい。
posted by YH at 10:32| Comment(2) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月04日

詩「胃」

 胃    はたちよしこ

田と月と書く
こんな美しい字だった

植えたばかりの水田に
月の光が
降り注いでいるのだろうか
それとも
さわさわと実った穂を
月が見つめているのだろうか

しばらく 胃が痛かった
ふと
胃という字を思った

田と月
こんな美しい字だったことに
はじめて 
気がついた

遠い時から
人びとが大切にしてきたもの

こころにも
田があり
月が照らしているのかもしれない





posted by YH at 10:10| Comment(0) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月01日

詩「風の中を」


  風の中を      はたちよしこ

ミミズを踏もうとした子を
母親が叱っている
――ミミズに あやまりましょうね

おとこの子は
直立して
――ごめんなさい
と ミミズに 頭を下げている

それから
ふたりは
手をつなぎ
風の中を 走って行った



posted by YH at 18:09| Comment(0) | 日記(途中下車) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする